スタッフエッセイ 2011年10月

イメージの力U

長川歩美

「自分の限界を自分で決めないで。」と、言っていただくことがある。ある恩師が遠方に赴任されることになり、お別れの会で言っていただいた言葉が「がんばってね!」ではなく「自分の限界を勝手に決めないのよ?」。そういっていただいた時、自分の可能性がふわっと広がり、身が軽くなったような感じがした。ということは、ふだんは気づかないうちに自分でつくった「イメージ上の限界」に制限されていて、その感覚は意識せずにいるとずっと効力を保ち続けているのだろう。同じ分野で先の人生をすすんでいる先輩の一言は、なんだかとても大事なことのような気がした。

たしかに「絶対苦手だから無理!!」と自分でレッテルをバンバンに張って決して入ろうとしない領域や、「まだその能力は私にはない」と、せっかく機会があっても新しい仕事に手を出さないところが自分にはあるな〜と思う。けれどそうやってすぐに思い当たることよりも、人は無意識に自分にまつわるいろいろなことを、もったいなくも思い込みで制限してしまうものらしい。さらにはうっかりその制限を越えてしまおうものなら、それが自分にとってのぞましい方向であったとしても、もとの「イメージ上の限界」レベルまで自分で下げようとする強い傾向があるという。なんでわざわざそんなこと・・?という思いになるが、こういうのがカウンセリングでよく言われる「自分で自分の人生のジャマをする」にあたる傾向の一つなんだろう。

たとえば、それまでの人生よりも上手くいくことが続いた場合、急に不安になってわざわざ自分から不本意な選択肢を選んでみたり、今まで経験してきたよりも大事にされたり愛情を注いでもらったりすると、なぜか自分から嫌われるようなことをしてみたり。わざわざいい状態を壊しにかかる自分の傾向に、がっかりしたり傷ついたりしつつも「あぁ、これが自分の位置なんだ。」といつのまにかあきらめたり、納得したりしてしまう。人間はよくもわるくも自分の設定した、あるいはそう設定せざるをえなかった立ち位置にとらわれ、そこに戻ろうとする傾向があるようだ。

こういった傾向は、学業や仕事、人間関係、楽しみ、経済的なことや身体的なことまで、ありとあらゆることに知らぬ間に影響がおよぶという。いつもより良過ぎると急に落ちるのが不安になるのか、わざわざ自ら自分のイメージしている「立ち位置」に引き戻してしまう。その「立ち位置」は、ただなじみがあるという意味で不安が少ないだけで、自分がのぞんでいるところでは全然ないとしても、だ。

この自縛傾向から自由になるためには、自分で「なじみ」を意識して更新しようとすることが役に立つようだ。。自分の夢やなりたい方向をイメージするのがたいせつであるというのも、繰り返しイメージすることによって、自分で「なじみ」をつくることができ、「イメージ上の限界」が拡張されるからなんだろう。そしてそのイメージは、いまの自分とは別人のようにかけ離れているよりは、現状からのつながりと連続性をイメージできるほうがいいように思える。

私は、自分が好きだったりアンテナがふれる方向に、時にマイペースに、時に偶然に身をゆだねてすすんでいく方で、自ら意識して自分の限界をひろげようとすることはめったにない(というか、全然なかったかも…)のだが、本研究所にはつねに自分の限界を少しひろげることを地道にやり続ける人が多い。所長の村本は、「思ってもみない才能が開花することもあるからね。」とスタッフに新たな領域へのチャレンジや限界の更新を推奨し、自らもどんどん行動する。そこにはお互いの可能性への無制限の信頼や、プラスのイメージを紡ぐ力が豊かに作用していて、「イメージ上の限界」や、なじみの「立ち位置」の影響がおよぶ余地がない。

いままであまり自覚していなかったが、失敗をおそれて新しい分野にチャレンジしなかったり、「イメージ上の限界」を超えることはあえて試みない傾向が自分にはあったようだ。好きなことはどんどんやる、どちらかというとせまくて深い穴掘りタイプの職人気質であることもあるかと思うが、興味のないことならまだしも、やりたいのに「苦手だから無理」「能力が及ばないから」と二の足をふんでいることには、少しトライしてみようかなという気持ちに最近なりつつある。

「機械は苦手、走る凶器になるはず」と避けていて、必要にせまられてやむなくとった車の運転免許だったが、案外運転は苦手ではないようで、細くてクネクネした山道も、大阪市内の高速道路も、毎日のように運転しながら無事に過ごしてきたこともある。けっして無理をしていろんなことをやる必要はないが、「やりたいけどムリだから」とか「これ以上は調子に乗りすぎ」などの限界を自分で勝手に決めてしまったり、知らないうちになじみの立ち位置に自分を閉じ込めてしまうのではなくて、自分がどうしていきたいかという感覚の方位と強弱をこそ原動力にして動いていきたいと思う。

(2011年10月)