スタッフエッセイ 2011年6月

寂しい?

森葺a代

「子どもが幼稚園に行くようになったら寂しいよ」。わたしが、乳幼児期の子育て真っ最中の頃、先輩ママたちからよく聞いた言葉だ。ご飯を食べるときも一人だし、いつもそばにいる子がいないということが寂しいと。「そうなのか・・・。そう思うときが来るのか・・・」と思っていたが、わたしは、子どもが幼稚園に行くようになっても寂しくはなかった。

そしてその後も、親子間での「こんな時は寂しいよ」という情報が数々舞い込んだ。「子どもが、ひとりで友達のところへ遊びに行くようになったとき」「買い物についてこなくなったとき」「野外活動(1泊2日)のとき」「修学旅行(2泊3日)のとき」などなど。しかし、「わたしは、愛情が薄いのか?」と一時期悩んだほど、どれもわたしに寂しさをもたらすものではなかった。

そして娘が大学生になり、ついに、我が子が自宅を離れひとり暮らしを始めるという状況になった。知り合いもいない北陸地方の大学への進学が決まったのだ。多くの人に言われた。「心配やね」「寂しくなるね」と。今回ばかりは、親元を離れて遠方でのひとり暮らし。娘と別れた当日、さすがのわたしも涙した。しかし、周囲の期待に沿うほどの心配や寂しさはなかった。当時の日記を見ても、「時折、娘のことを思い、自分でも驚くほどにふいに涙が出るが、時間は短い(笑)」とある。

息子が大学生になったとき、ひとり暮らしをしたいと言った。「通える距離なのになんで?」といったのは、わたしではなく、ご近所さんやわたしの友人たちだ。わたしはひそかに、「息子がひとり暮らしを始めると、いよいよわたしもひとりになる(夫が単身赴任中で2人暮らしのため)。ようやく寂しさを味わうのか」とちょっとどきどきしたが、息子は、今も自宅から通学している。「よかったやん!」という周囲の喜びの声は絶大で、わたしは、ちょっとがっかりした。

「寂しい」ということについて考えた。

つまりわたしは、「子どもが自分から離れていくこと」と、「寂しい」という思いが一致しないのだ。幼稚園でも、野外活動でも、修学旅行先でも、きっと子どもたちは楽しい時間を過ごしているだろうし、「今頃何をしているかな〜」「夕飯は何かな?」と思うことはあっても、寂しいという感覚にはならない。また、子どもが家を出るということは、自立への大きな1歩だと思っているので、うれしいことではあるが、寂しいという気持ちはない。だって、いつでも会えるのだから。

となると、わたしなりにちゃんと子どものことは考えている。親としての愛情が薄いということはないなと安堵した(笑)。

ところがこの春、単身赴任歴7年だった夫が任期を終え、新たに赴任先を変えて単身赴任8年目に突入した。私自身、単身赴任生活はもうベテランで、ひとり親としてのつらさもしんどさも、夫がいない寂しさも経験した(そういえば、夫がいないのは寂しい)。この間、もうすっかりこの生活にも慣れていたし、会いたくなれば飛んで行くという“遠距離恋愛スタイル”も気に入っていた。しかし今回の赴任先は、時差5時間の中近東。この距離間からか、なんと予想外の寂しさと喪失感に襲われた。

さて、どうするか考えた。

そうだ、ピンチはチャンス!早速、格安チケットをゲットして夫の元を訪れる計画を立てた。長期休みを確保して、寂しいと思ったら、自分が動く。寂しさは誰にも埋めてもえない。これがわたしの結論。

(2011年6月)