スタッフエッセイ 2011年4月

東北旅行

長川歩美

昨年の秋、思い切って8日間休みを取り、車で東北をまわる旅行を計画した。山形のほうから上って、青森、秋田、岩手、宮城へと、かねてから訪ねたかった美術館や写真館をまわり、豊かな自然にふれ、その土地土地の美味しいものをいただき、小説家、法律家、政治家などその土地に過去に生きた人の記念館を訪ねて、時を越えてその人々の人生に触れる経験をした。

美術館や記念館、宿や食事処など、その土地土地で出会って交流した人達は、自分の住む土地で自分の信念に基づいて自分の関わる分野ですばらしい仕事をされていて、私は車を進めるごとにおだやかな感銘と刺激を受けて、自分もしっかりと生きたいというか、よけいなことを考えている暇なんてない、自分をいつわらずに自分の仕事にしっかりと命を燃やしたいというような思いが強くなっていった。

訪ねた中で印象に残っているうちのひとつが、気仙沼にあった小さな居酒屋での一時。五十代とお見受けするご兄弟で経営されている、新鮮な魚が売りの居酒屋で、以前から一度ゆっくりいってみたかったので、ホテルに車をおいてお酒と魚を楽しみにして出かけた。

海辺にある平屋木造のお店はそれほど広くなく、鮮魚をさばく板場前のカウンター席と、炭火で魚を焼く囲炉裏端周りの席があって、ご兄弟でその二つを分担してお店を切り盛りされていた。私は連れ合いと2人で囲炉裏の方に座り、鰹の造りとタタキ、さんまとキンキの炭火焼き、それから地酒を注文した。

囲炉裏端には威勢がよくて目力の強いお兄さんの方が、汗を拭いながら30分ほどかけて魚を焼いてくださる。私達はうそ!というほど盛られた食べたことがないほど新鮮で美味しい鰹をいただきながら、ご主人の「どこから来たのか」「関西の美味いものはなにか」などの少し好戦的な調子の質問に応じていた。

とても小さなお店ながら、全国的に美味しいと評判が上がっているお店の経営者であるだけあってか、話がとてもおもしろい。「北枕はダメなんて言うが、俺に言わせりゃ地軸に沿ってるんだから、目まわんなくて一番いいんだ!」と仰るご主人に「じゃあ南枕もいいわけですね☆」と返すと、「姉ちゃん、おもしれえな!!」と意気投合。「どうせ余りものだ!」とウニやら造り盛りやら、「モウカの星」とかいうさめの心臓やらを次々出してくださり、頼んでいないビールや、最後には秘蔵の赤ワインまで出してくださって三人で話し込み、閉店後の一時をご一緒させて頂いた。

もう本当に「家来るか!?」という勢いで盛り上がって、名残を惜しみつつお店を出たのを覚えている。お店の壁の上の方には、その威勢のいいご主人の手書で、お母さんへの思いが味わい深く書かれていたのが心に残ったのと、こんな風に知らない土地で、年齢も分野も全然違う初めて会う人と仲良くなれるんだなぁと温かい思いになった。

年が明けて、東北関東大震災が起こった3月、気仙沼の水害の状況と火事を知り、真っ先にあのお店とご主人が思い出され、胸が凍りつくような思いになった。一度しかお会いしていない人、一度しか訪れていない場所に感じる愛着・喪失感がこれほどならば、そこでずっと生活されてきた方、身近な方を失った方はいかばかりかと思うものの想像を絶するばかりで、強くなる無力感と罪悪感のようなもので動けなくなりそうになった。

地震以来、心にぽっかりと大きな穴が空き、そこがひどく荒れて痛むような感覚がある。どこにいても何をしていても癒えることがない。今後、長い間抱えていくだろうこの痛みから、自分が生まれた日本という国全体に自分が意識せずにもっていた愛着のほどを思い知る。

私は心理療法という自分の仕事が好きだが、3月中は、栄養のある温かい食事をつくったり、建物の建築・補修の出来る建設系の職人など、直接動いて何か出来る仕事をしたい気持ちになった。自分の無力感・罪悪感のようなものを効力感にかえたいという、手前勝手な思いであることは自覚している。自分の仕事場近くに毎日立って祈りを捧げておられるお坊様のお姿が、その時ばかりは自分の無力感に重なって感じられた。

先日、居酒屋のご主人が無事であったことを知った。自分にできることが何かということは、現実の状況を知りながら見極めて、場に必要なことに息長く携わっていきたいと思うが、他方日々の生活を大事に過ごし、しっかり仕事をして、尊敬する作家の方が仙台に開いている金属工房に通ったり、気仙沼の必ず再建されるであろう居酒屋に通う体力と経済力を養おうと思うことが、今の自分の原動力のひとつになっている。ひとつひとつの県のすみずみまで、少しずつ大切に復興・再創造されていくことを願ってやまない。

最後になりましたが、このたびの東北関東大震災により、尊い命をおとされた方々のご冥福をお祈りいたしますと共に、被災された皆さま方に心よりお見舞い申し上げます。

(2011年4月)