スタッフエッセイ 2011年4月

つながる

森 和代

このたびの東北地方太平洋沖地震により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、被災された皆さま、そのご家族、ご親族、ご友人の皆さまには、心よりお見舞い申し上げます。そして、被災地域の皆さまが少しでも安心を取り戻されること、一日も早い復旧と復興を、心からお祈りしています。

3月11日、東北・関東地方を襲った大地震と津波、そして原子力発電所の事故。わたしたちの想像を絶する惨事に、その被害状況の過酷さに、胸を痛めておられる方も多くいらっしゃることだろう。わたし自身も、またわたしの家族も同様だ。

チェコに留学中の娘は、ツイッターを通じて、続々とリアルタイムで届く友人からの地震による被災状況と、その範囲の広さに驚き、「考えてもつぶやいてもどうしようもないが」、といいながら、異国の地で孤立感と無力感を感じショックを受けていた。

オーストラリアに住む妹は、直後から、知りえた情報を日本に住む家族に送信しながら、原発事故に伴う今後の不透明な日本の状況を憂い、「家族みんな(夫・義妹の実家含む)受け入れるからオーストラリアへ避難して」、と涙ながらに訴えた。万が一、原発に何か大きなことが起これば、海外に住む妹、留学中の娘、まもなく単身海外勤務に就く夫にも、今後会えなくなる可能性があるのだ。

しかし、関西では、毎日の生活は何事もないかのように続いていた。

わたしは、周囲の人と共有しがたい家族の状況を抱え、動きの取れない中で考えを巡らせながらも、何不自由なく暮らし、同じく何不自由なく健在な家族のことで、何事も起こっていないにもかかわらず、心揺れている自分自身に罪悪感を感じていた。

そんな時、当研究所スタッフ西の、「心とからだ、コミュニティとつながるためのワークショップ〜東北地方太平洋沖地震の復興を願って」が緊急企画として催された。震災に直面して起こっている反応〜心と身体の動揺や混乱を沈め、落ち着かせることを目的に、仲間とともに、身体感覚やコラージュ(貼り絵)を使ったワークを行い、つながる時間を共有するというワークショップだ。わたしは迷わず参加した。

アートワークでは、音楽を聴きながら気に入った写真を選ぶ。心地よい感覚がよみがえる。身体感覚を使ったワークでは、イメージの中で地球や世界とつながり、触れる背中に人の温かさと力強さを感じた。そして、目を閉じていても徐々に、わたしに向けられている仲間の温かなまなざしを感じ、次第に確かで大きな安心感と、つながりを感じることができた。

そうだ。わたしにはこれまでのつながりがあり、そしてこれからもつながっていられる。わたしは感覚の中で、この「つながり」を感じたとき、やっと地に足が着いた気がした。

人は、太刀打ちできない現実の中で、何を受け入れ、どのように生きていくのか選んでいかねばならない時がある。さまざまな研究によって、サバイバルのための最も重要な要件のひとつは愛着(自分が大切に思う人との絆)と愛着の心象化(大切な人をイメージのなかで持ち続けること)であることがわかっているという(今月のトピック:3月)。

心とからだのつながり、人と人のつながり、人と場所のつながり・・・。さまざまなつながりは、現実の世界だけではなく、イメージの中でもつながっていくということが可能なのだ。「つながり」、それは人の生き抜く力ともつながっているのだ。今後、さまざまなつながりが、人を支える大きな力になっていくことを願っている。

(2011年4月)