スタッフエッセイ 2011年3月

live!live!live!

渡邉佳代

「引っ越しします!」と大分前から、わぁわぁあちこちで言い回っていた。学生時代から住み慣れた京都の住まいを残しながら、3年前から少しずつ住まいを大阪に移していた。「2つも住まいがあるのって、家賃がもったいなくない?」と、色々な人から言われたが、学生時代から借りているマンションはそう高いわけでもない。京都で朝早い仕事がある日や、晩遅くまで仕事がある日は便利だろう…というのは、多分に自分を納得させるための理由だ。何よりも最大の理由は、私は引っ越しが大の苦手なのだ。

何年か前にも、引っ越しが嫌いだ!というエッセイを書いた。理由は挙げようと思えば100もあるだろうが、何よりも面倒臭いというのが1番だろう。どう考えても物が多すぎるのだ。これまでにも何度も引っ越しをしてきたが、そのたびに開けないまま次の引っ越しに移ってしまう開かずの段ボール箱が増えていく。中身は他愛のないものばかりだ。読まなくなった書籍だの、どこかに旅行に行った時に買った雑貨だの、自分が書きためた文章だの、気に入っていた洋服だの。いつか必要になるだろうと手元に残しているが、取り立てて現在は使う当てのないものばかりである。皆、こういったものをどうしているのだろう?

普段は見ないふりをしながらも、いつも心のどこかで引っかかっていた。いつかは処分しなければならない。収容能力の限界というものがあるからだ。片づけても片づけても、片づけた気がしない、どんどん物が増えていく我が家に溜息をつきながらも、「まぁ、仕事も忙しいし、時間もないし、いつかでいいか」と済ませてきた。それが、住居を大阪1つにまとめきれず、今までだらだらと京都にも住まいを残してきた理由なのかもしれない。

いつか、というのは、この3月だろうな、というのは分かっていた。3月に2つの住居をまとめて、大きめの新しい住居に移ることが1年前から決まっていたのだ。しかし、である。苦手な引っ越しの心構えをする間もなく、誰がこの2ヶ月弱のうちに3回もこの私が引っ越しをすることになると想像しただろうか。

ずっと手つかずにしていた京都のマンションで、何故か私の部屋だけ天井からの水漏れが発生したのだ。1月の半ばの超繁忙期に、1時間でも長く寝たいと思い、次の日の京都の仕事に備えて京都宅に戻った時のこと。手探りで真っ暗な部屋の電気のスイッチを探している時、ひやっとした足元…電気をつけた瞬間、煌々とした蛍光灯の明かりに照らされた大きな水たまり!ひぇ〜〜!!と、思わず情けない声を出してしまった。

すぐに管理会社に電話して来てもらい、その日は一晩中、水漏れの処理。次の日は外せない仕事があったので、管理会社の立会いの下に業者さんに入ってもらったが、結果「すぐに部屋から出てください」とのこと。水漏れが天井一面に浸食し、天井が抜け落ちるかもしれないというのだ。わぁ!ぎゃぁ!言いながら、その晩も徹夜で荷物の梱包作業に明け暮れた。早朝に引っ越し業者が来るというので、とにかく時間がない。必要なものだけまとめ、これまで捨てるに捨てられなかった物たちには、一言「ごめん、今までありがとう」と念じて潔くゴミ袋へ。

不思議なことに、部屋が少しずつ片付いていくと、心に引っかかっていた何かが少しずつ小さくなっていった。あるべきところに、あるべきものが戻っていくような、心の靄がすうっと晴れていくような、不思議な体験だった。まぁ、その時は修羅場もいいところだったので、そうした心の動きをじんわり味わえるはずもなく、とにかく時間に間に合わせるのに必死だった。

数日後、郵便物の確認のため京都宅に戻って来ると、すでに私の部屋の天井は崩され、鉄筋やら配線やらがむき出しになっていた。…「壁紙一枚とボード一枚で隠された無機質な部屋…(略)…『暖かく明るい部屋』の皮一枚下」。何年か前の年報で取り上げた『働きマン』(安野モヨコ、講談社)の中で、水漏れにあった主人公・松方弘子がつぶやいた言葉だ。仕事で忙しくすることで、見ないふりをしてきた私生活、そして放置してきた「ゴミの山」。天井の瓦礫が積み上げられた部屋を目の前に、そんなことをふと思い出した。

実は、まだこの2ヶ月弱の間にあったことを消化しきれていない。「人生、色んなことがあるもんだ」というのが、率直な感想だ。日々は慌ただしく過ぎ、このエッセイを書いている明日にも、新居への最後の引っ越しを控えている。ただ、何かに背を押され、前に進んでいるような感覚だ。この2ヶ月の間に研究所のスタッフにも慰められ、村本先生の「人生、何事も経験」という重〜い言葉に渋々ながらも、なかなか動かなかったものが動き出したような気がする。

春には、少し新居で落ち着くだろうか。ようやくホッと息がつけそうな新居での新生活を楽しみにしよう。それでもこの2ヶ月、悲惨なことばかりでもなく、新居に向けたワクワクするようなこと、新しい発見、心躍るようなこともたくさんあり、新生活の準備に忙しいながらも随分と支えられた。これは、また次のお話で。泣くに泣けないことから、心踊ることまで、歩みを止めなければ、毎日は続きながらも生きていくのだろう。

(2011年3月)