スタッフエッセイ 2011年1月

学び―ハノイでの交流から

安田裕子

年末にハノイを訪れた。ハノイはベトナムの北部に位置する。ハノイの地で、旧市街地をフィールドワークし、研究交流を行い、現地の幼稚園や小学校の子どもたちに触れ合い、大学生と交流し、と、盛りだくさんのことを経験した。なかでも印象的であったことのひとつは、学生さんたちの学びに対するひたむきさである。学問に対する意欲・熱意がすごい。学びたいという貪欲さが、ビンビン伝わってくるのである。

彼女たちが日本語を専攻している学生であり、私たち日本からの訪問者と交流するのは絶好のチャンスだと認識されていた、ということがあるのかもしれない。また、そうした交流の場に積極的に参加しようとする熱心な学生が選りすぐりで集まっていた(そもそも意欲の低い学生とは、今回の訪問では出会うはずもない)のかもしれない。いずれにしても、日本語がうまくなりたい!なんでも吸収したい!とばかりに、学び途上の日本語を駆使して私たちにハノイの街を案内してくれながら、日本のことや私自身のことをあれこれと質問し、新たな日本語の単語や知識をその場でメモにとるという姿勢に、大変心動かされた。大学での講義科目として華道などの日本文化も学んでいるようであり、「華道ってね、とても面白いんですよっ♪」とにっこり笑いながら、学ぶことが楽しくてしかたがないといわんばかりに語るその様子からは、本当に好きなことがあるということやひたむきな姿勢が人をとても魅力的にさせるのだと、改めて感じた次第である。また、そうした彼女たちの学びに対するまっすぐな姿勢に触れることは、私はそんなふうに学べているだろうか?いそがしさにかまけて適度にしてしまっていることはないだろうか?と、自らを反省的に振り返るきっかけにもなった。

ベトナム経済は、現在右肩上がりであるという。しかし同時に、貧富の差も激しいようである。大学に子どもを通わせることのできる家庭は、ある程度は経済状態が安定しているのかもしれない。しかし、裕福というわけでは決してないだろう。そうした状況下で彼女たちは、奨学金をとるなど自助努力をしながら、懸命に学びに向き合っている。日本に留学して学ぶということがひとつの夢になっているようだが、その実現の可否は奨学金をとれるかどうかにかかっている。日本においてもそうした側面はもちろんあるが、「日本の地で日本のことを学びたい!」「日本に行きたい!」と熱く語る彼女たちの言葉やまっすぐなまなざしには、大変感銘を受けた。数年前は大学生で、その後日本語の先生になった若手の女性教員が、来年度から夫と子どもと一緒に日本に移り住み、最低5年間計画で博士号を取得するのだと、控えめに、しかししっかりと語るその様子からは、学びに対する高い志と、芯の強さを感じさせる凛とした覚悟とを、しっかりと受け取った。

交流した学生がすべて女性であったのは、日本語を学ぶ選択をするのが女子学生に多い、ということがあったのかもしれない。ただ、女子学生がとても熱心で元気であったのは、とても印象的なことだった。文化社会的背景の違いがあるのだろうが、ベトナムでは女性が働くのは当然であるという(専業主婦という概念はない)。また、―高学歴者に限られてくるが―抜きんでて活躍している若手の女性が比較的多くいるように思われた。一般的に、自国を出てこそ見えるものがあるというが、おぼろげながらもそうした点が直に見えてきて、とても興味深く思い、またおおいに刺激を受けた。教育は、人を変え、社会を変え、国を変える。ハノイで学生さんと交流をもたせていただいた濃密な時空間のなかで、学ぶということや教育という営みについて改めて考えることができたのは、私にとってとても貴重な経験だった。

(2011年1月)