スタッフエッセイ 2010年12月

適応するだけでなく

窪田容子

「隣の芝生が青く見えたら、私やったら1回隣の芝生に行ってみるわ。だって、隣の芝生の方が本当にいいかもしれへんやん。隣の芝生に行ってみて、やっぱり自分の芝生の方が良ければ、戻ってくればいいんやし」というようなことを友達に言って驚かれたのは、確か高校生の頃。今いる環境に不満があれば、「別の環境に移れば良い」という思いはその頃から持っていた。

今いる環境に不満があれば、「環境に働きかけて変えていけば良い」ということを行動に移せるようになったのは、いつ頃からだっただろうか。就職した年に、課の全員にアンケートをとって、女性だけで回していたお茶当番を、男女とも回す当番にした時が最初の一歩だったろうか。
 中学時代の私と言えば、不満を持ちつつも、それをどうしていいか分からず、ただ何とか適応することに精一杯だったように思う。

この秋、中二の息子がけがをして、医師から3週間ほど運動制限を言い渡され、バスケットボール部を休んだ。そして、けがが治った後も部活に戻らなくなってしまった。中学時代といえば部活の思い出しかない私にとっては、ショックなことだった。部活を通して、忍耐力、集中力、達成感、自信、友達など、大きなものを得てきたと思う私には、そのような機会を失った息子がかわいそうに思えて仕方がなかった。

息子といろいろなことを話し合った。中一の頃は、部活を楽しんでいたし、がんばってもいた。中二で顧問が替わり、部活のあり方も随分変わり、だんだんといやになってきていたようで、けがは部活から足が遠のく一つのきっかけに過ぎなかったようだ。

「ほんまはサッカーがしたかったけど、サッカー部がなかったからバスケ部に入っただけやし。別にバスケが好きでもないし」とも言った。「だったら、サッカー部作ってって先生に頼んでみたら?」と私が言うと、「そんなん無理やし。○○の親かって校長先生にサッカー部作ってって頼みに行ったけど、無理やったらしいで」と息子。「そんなら、署名でも集めてから頼んでみたらいいねん」と私。だけど、みんなの前で派手に転んだだけで、転校したいわなどと言う気の弱いところのある息子、人目を気にするようになった息子に、そんなことをする勇気はないだろうなぁと思っていた。そんなにサッカーがしたいなら、どこかに習いに行こうかという話を夫ともしていた。

しかし、それから何日も経って、「オレ、署名集めてみようかなぁ」と息子が言い出した。夫がインターネットでいろいろと検索してアドバイスをし、息子が署名用紙を作った。署名集めに協力してくれそうな友達に声をかけて、良い返事がもらえないとへこんだり、良い返事をくれた友達がいると、「救われたわ〜」と笑顔になったり、いろいろな気持ちの起伏があった。署名を集めよういう日の前の晩には、「どきどきしてきて、寝られへんわ」と言っていた。

そして当日、たった一日で170人の名前が書かれた署名用紙を持って帰ってきたのには驚いた。2年生の8割ぐらいの子たちが署名をしてくれていた。その後、下の学年の子にも頼んで、結局200人ほどの署名が集まった。

集まった署名用紙を持って担任の先生に頼んでみたけれど、「そんなん無理やわ」と相手にしてもらえなかったようだ。力になってくれそうな別の先生に頼んでみたところ、「署名集めたんや。やるなぁ〜!校長先生に話してみるわ」と言ってくれたようで、息子は「いい先生やなぁ」と喜んでいた。来週には、校長先生に署名用紙を渡して、直接頼んでみるらしい。

サッカー部ができるかどうかは分からない。一つ部活を増やすことが簡単ではないことは私も分かっている。顧問になってくれる先生がいるのかどうか、そしてグランドの狭さ。今でも、周辺の学校に比べて部活数が多いので、これ以上増やすというのは、先生方にとっても負担だろう。ハードルはおそらく高い。

だけど、結果がどうあれ、この経験を通して息子は大きなものを得たのではないだろうか。署名用紙作成のアドバイスをした父親、署名集めに協力してくれた友達、署名をしてくれた同級生や下級生、力を貸してくれた先生、そして応援してくれている友達のお母さん。何か自分が行動を起こせば、手助けをしようと動いてくれる人がいることも感じただろう。

環境に適応することばかり考えなくてもいい。別の環境に移ることだけが方法でもない。与えられた環境に不満があれば、環境を変えるように働きかけることができることを、息子はきっと学んでくれたのではないか。

そんな一歩を踏み出した息子を、心から誇らしく思う。

(2010年12月)