スタッフエッセイ 2010年5月

アテネへ

桑田道子

今、財政不安がなにかと話題のギリシャに先月、行ってきた。元々は、パリ行きの航空券をかなりの格安で手に入れることができ、パリは初めてホームステイをした10数年前から、何度も何度もお金を貯めては飛んでいった、私の心の故郷。だが、日が近づくにつれムクムクと旅気分が募り、パリからアテネへ移動してみることにした。

というのも、FLCのスタッフが講師を務める講座等で聞かれた方も多くいらっしゃると思うが、所長村本が19年も前に共訳し、出版した『女はみんな女神』(ジーン・シノダ・ボーレン著、村本詔司+村本邦子訳、新水社)がある。この本には、ギリシア神話に登場する7人の女神(アルテミス、アテーナー、ヘスティア、ヘーラー、デーメーテール、ペルセポネ、アプロディーテ)が紹介され、私達が主体的に、自分の人生を歩んでいくためのヒントが詰め込まれている。「女神」とか「ギリシア神話」というと、想像のものだし不確かな言い伝えだし、と現実に生きている自分にどう関係あるのか?と感じるかもしれないが、オリンポスの神々は怒りや悲しみや嬉しさを感じたり、表現したり、とても人間的なのである。

女神をきっかけに、ギリシャの歴史、土地柄を知るにつれ、俄然ギリシャへの関心が高まってきた。紀元前2000年近く前から文字を持ち、哲学を発達させ、後のヨーロッパ諸国に影響を与える高度な文明をもっていたにもかかわらず、最近まで(いや、ある意味現在もかもしれない)、他国の支配下に置かれていたことも不思議だ。

飛行機を乗り継いでアテネに到着し、町の中心部まで約1時間かけてバスで移動してみると、その道中は緑もなく、埃っぽく、デカデカと看板が立ち並び、どこかさびれたアメリカの田舎町のようなグレーの印象だった。「これが…ギリシャ?なんかイメージと違う…」と勝手なものだが、些かがっくりきながらも、バスに乗り合わせた現地の人たちが、ニコニコ笑顔で荷物を運ぶのを助けてくれたり、どこで降りるか気にして声をかけてくれたりする親切がありがたい。

ホテルに到着して一休みした後、坂だらけの街中を散策してみると、道と道の間からいきなり頭上にドーンと神殿の足が現れ、巨大さに驚く。どうやってこんなものを造ったのか、想像すら出来ない。けれども、広い空に浮かび上がる美しいレリーフに、ギリシャの神々が集まり、騒ぎ、世界を巻き込みながら華麗に生きていた様子が自ずとイメージできる。

ギリシャ料理は新鮮な魚介類にトマトやナス、オリーブ、ハーブがたっぷり使われて、とても口に合う(今回デザートはジェラート以外、美味しいものに出会えなかった)。マンドリンを押しつぶしたような形のブズーキという楽器がにぎやかに演奏される横で、家族連れもカップルも遅い時間までディナーを楽しんでいる様子が居心地よかった。

翌日は、出発前日に日本で予約してきたエーゲ海クルーズを満喫。島々は、真っ白な建物にレモンやオリーブの緑と黄色、海と空の青に太陽の光が輝き、素晴らしい景色。ちょうどイースターの時期だったので教会に入ってみると、老婆2人が何本もあるろうそくにゆっくりと1本ずつ火を灯しており、観光客が代わる代わる中央に置かれたたくさんの百合に囲まれた祭壇にキスをしていく。完全な観光地で、特産のピスタチオやフルーツ、手作り石鹸やアクセサリー、敷物などを売る店が並ぶが、店の人は皆のんびりとしている。「これは自分ところの庭で取れたやつだからとっても美味しい。食べてみて」と薦めてはくれるが、売ろうが売れまいがあまり気にしていない様子。ペンダントやストラップ、ブレスレットに青い目のようなモチーフが多く使われており、今まで見たことのないものだったが、店の人によると女性が男性に贈るお守りでギリシャの男性は皆持っているとのこと。

私の日常と、この土地の人とでは完全に時間の流れ方が違ってるんだなと、手足がグーッと伸びてくるような、あれこれ気にかかっている考え事がゴムのように伸びていくような、そんな気持ちになった。誰に強制されているわけでもないのに、勝手に、心も体も頭の中も縮こまっているような自分にも気づく。空気をたっぷり吸い込んで、胸を張って、体を伸ばす。そうしたくなるような時間を、普段の生活から持っていたい、と強く思った。のびのび生きる。

そんなふうに感じさせてくれた自然と、素朴な町の人のあたたかさを思うと、わずか数日後に起きたシンタグマ広場での暴動は胸が痛い。観光客でちらっと垣間見ただけで言葉を発するのは、軽率だとも思うが、シンタグマ広場は泊まったホテルから徒歩1、2分のところ。朝も昼も晩もその広場を通り、大きな声で歌いながら客を呼び込む屋台のナッツ売りのおじさん、コーヒー屋さんのお姉さん、議事堂前の衛兵さん達はどうなっただろう。現地の人たちが、1日も早く生活に落ち着きを取り戻せることを祈る。

先にご紹介した『女はみんな女神』は、残念ながら現在は絶版となり、以下URLから全文ダウンロードできるようになっているので関心のある方はどうぞお読みください。
 http://www.flcflc.com/book/books/01.html

「女性はこうあるべき」という指標が曖昧になり、様々な生き方が出来るようになって、選択肢が幅広くなった分、「これでいいのだろうか?」「あのとき、違う道(仕事を辞めなかったら…、結婚していたら…、勉強を続けていたら…、出産をあきらめなかったら…)を選んでいたらどうなっただろうか?」と今の自分に自信が持てず、悩んだり、不安になったりすることも増えているように思う。さらにいえば、様々な生き方を選択出来る環境に育つ女性がいる一方で、地域や場合によっては、こうあるべき、こうすべきと重圧を課す社会環境が未だ根強く、そのなかで育つ女性もおり、それは、多くの女性が同じ方向を見ていた世代よりも不平等感を生じさせているかもしれない。そんな時代だからこそ『女はみんな女神』は必読だと思うが…!

(2010年5月)