スタッフエッセイ 2010年5月

変化を楽しむ

安田裕子

30代半ば。援助、教育ならびに研究職に従事。専門は心理。シングル。

10年前、もっと言うと20年前には、想像していなかった私である。

20年前は高校時代。入学したての初々しさも手伝って、ちょっと恥ずかしがり屋な女子高生。毎日がどこかキラキラと輝いていて、なんとなくワクワクと心躍る日常であったと懐かしく振り返る。将来への夢も希望も開かれていて、色んな職業に憧れをもつ一方で、おぼろげながら、いつか結婚して子どもをもってと、家族を築く将来展望も思い描いた。

10年前は会社勤め。就職氷河期に翻弄されながらも、なんとかなれた社会人。社会人という響きに背筋を伸ばし、やることなすことがすべて新鮮に感じられた私も、実務を担う過程で、一体どんなふうに働いていきたいのかを再度模索するようになっていった。仕事帰りに飲みに行ったり、有志の釣り部で船釣りや釣り堀に連れて行ってもらったり。職場では学びも遊びも私なりに楽しみよい経験をさせていただいたが、しかし数年後、やっぱり心理の職に携わりたいと、今の道を志した。

最近、プロ野球観戦が面白い。ライブの試合では、次に何が起こるかわからない展開がある。一方で、流れというものもある。つまり、それまでの試合の流れがありながらも、暴投やトンネルなどあるまじきミス、ホームラン、ピッチャーの交替など、様々な要素がきっかけとなって、試合の流れがコロッと変わってしまうことがままある。その背景に、個々の選手の、そしてチームの、それまでの歴史と今後の目標がある。眼前に、リアルタイムで人間ドラマが繰り広げられる。その場に観衆として参与することの、面白さ。

人生は、日常の蓄積によって築かれるものであり、その意味で、人には、それまで生きてきたようにしか生きられないという制約が、ある程度はついてまわるだろう。いきなり跳躍したり、逆に、振り出しに戻ってしまうことは、そうそうあることではない。不慮の事故や天災などの真に不測の出来事はまた別の話だが、もしも、突然に・・・と思われるようなことが起こったのなら、むしろ、それまでになんらかの根っこが育っていたと考えるのが妥当だろう。オタマジャクシは決してナマズになることはない。そのうえで、である。人生には、それまでのことが基盤となって、いやむしろ耕し肥やした地盤があるからこそ、人や出来事とのひょんな出会いのなかで、転換が起こるようなことがありえるのだと、私は思う。

10年前、20年前には想像しなかった現在の私。その内実として、成し得たこともあれば、叶えられなかったこと、そして未だ実現途上の目標もある。将来展望をもちながらも、これからもまた、嬉しいことや残念なこと悲喜こもごもに、想像していなかった何かが起こりうるだろう。そんな変化を丸ごと楽しむことのできる、変わり続けられる自分でありたい。

(2010年5月)