スタッフエッセイ 2010年3月

梅田地下街と東京の地下鉄

前村よう子

ここ数年、新聞を毎日読めない日が続いている。朝は「新聞配達と出勤のどちらが早い?」という時間に家を出るし、帰宅後は夕食の支度や洗濯をしながらついウトウト、気付いたらもう寝る時間の毎日だから。貯める気なんてさらさらないのに、週末には一週間分の新聞を斜め読みすることとなる。いや、この頃は二週間以上、貯め込んでしまっている。生活改善をしなきゃな。

さて、そんな風にして読んだ新聞の束に、ちょっと面白い記事があった。大阪・梅田の地下街(まるで蜘蛛の巣のように発達している)を自由に歩けるようになれば一人前の大阪人だとか。ふーん、そうなのか。じゃあ、20代初期の頃から私って大阪人だったのだな。

学生時代からの友人に旅行社でバリバリ仕事を続けている女性がいる。大学時代、神戸在住だった私には大阪は未知の世界だったが、部活で彼女と一緒に庶務や渉内業務を担当した一年間、しっかりと鍛えられたお陰で、まず大阪の地下鉄網をマスター出来た。その後、最初に就職した会社の支社が大阪・梅田にあった為、梅田地下街もマスター出来た。結婚・出産と日々を重ねる内に、どんどんテリトリーが南下したこともあり、今や大阪であれば、キタもミナミもその他の地域も自由自在に歩ける。

でも長らく東京は苦手だった。どこに行くにもJR山手線を利用していた。講師として呼んで頂く時も、当初はJRしか乗れなかった。それが、年に一度、帝国劇場に観劇で行くようになったこの10年の間に大きく様変わりすることになった。東京へはいつも航空機を利用し、羽田空港からはモノレールで浜松町へというルートが当然だった8年前、冒険心から「一回、違う線に乗ってみよう」と京急を利用して品川へ。それでもその頃は、品川からはいつものJRだった。それがある時、京急内で寝過ごしてしまったのだ。

「えっ?なんで?なんで地下鉄なん?」
そう、寝過ごしたことに気付いてあわてて降りた駅は、都営浅草線の新橋だった。それで初めて知ったのだ、京急が地下鉄に乗り入れていることを。

それからは、東京都内で動く場合、基本的に地下鉄を利用するようになった。「PASMO」という、大阪の「PiTaPa」のようなプリペイドカードも活用するようになった。都営とメトロの違いも分かり、より安くより早く目的地に行く方法を探したり、より乗り換えしやすい方法を探したり、地下鉄構内を上手く利用しての乗り換え方法を見つけたり。

そんな風に工夫するようになってから、出張がますます楽しくなった。地下鉄が乗りこなせたら東京人?いやいや、さすがにそれは言い過ぎだが、昔のように「東京」と聞くだけでドギマギすることが少なくとも無くなった。

さぁて、4月からの新しい年度、何度出張させてもらえることだろう?東京に限らず、いろんな街を歩き回って探訪できるといいなぁ。

(2010年3月)