スタッフエッセイ 2010年3月

巣立ちの春

西 順子

この春、社会人になる20歳の娘が家を出ることになった。この一カ月は、娘の一人暮らしの準備を手伝いながら、物理的にも忙しかったが心も落ち着かないでいた。娘の一人暮らしを自分のことのように感じてしまっているのか、なんだかそわそわ気にかかる。頭では、娘が家を出て一人暮らしするのは喜ばしいこと、親としてはどっしりと構えて、子どもに任せ、陰でそっと自立を応援してあげたいと思うのだが、冷静になれずにあれこれ心配してしまう。でも、それが思いのほか、強い感情で自分の心がこんなに揺れるなんて・・と、自分でもびっくりした。その落ち着かなさ、じっとしていられないような衝動って何だろう・・、自分の心に聴いてみた。すると、現在と重なる過去の出来事が思い出されてきた。

思い出されてきたのは、親からの自立と依存の間で葛藤していた自分だった。高校を卒業したら家を出たいと切望し、実際大学入学と同時に家を出ることが叶った。大学進学は何を勉強するかよりまずは家を出ることが目的だったくらいだ。新しい世界での体験はいいことばかりではないけれど、自分について気づかせくれ、私をとても成長させてくれた。

でも、大学卒業のときに実家にまた戻ることになった。一人でやってみたい気持ちと不安な気持ちとの間で揺れながら、残念だけど一人でやれる自信をもてなかった。大学時代は学校があり、友達がいて、自分を守ってくれるものがあったが、社会という大海原に1人で出ていくことに不安を感じていた。結局、親からようやく自立できたのは結婚のときだった。

娘の一人暮らしの準備を手伝いながら、その当時のことが走馬灯のように思い出され、思わず涙が出てきた。そして、今現在の私と過去の私が対話した。「私は今、自分がしてほしかったことを娘にしてあげているのかな・・」「でも、当時の私は親に何かしてほしいなんて全く思ってもいなかったよ。ただ、自立したくてもできない不甲斐なさ、情けなさ、なにか無力感のようなものを感じてはいたかな」「だからかな。娘には、いいスタートをきってほしい、そんな気持ちが強いよね」・・といった具合に。

娘への感情には、私の叶わなかった思いを重ねているのかと気づくと、「誰かに自立を応援してほしかったのかな」と、無意識にあったニーズに気づくことができた。誰かが応援してくれているという安心感があれば、一歩踏み出せたのかもしれない。

そんな私もようやく自立を実感できるようになった。それは自由と責任の感覚であり、今はたくさんの応援もある。未解決だった過去の私の気持ちを思い出して消化しながら、「娘は私とは違うのだから」と娘との間には一線を引いて、陰ながら娘の自立を応援していたいと思った。

するとなんと今度は、親としての感情、娘との別れへの寂しさがあふれてきた。娘を引きもどしたいような気持になった。生まれたときの赤ちゃんの頃の姿から、思い出が走馬灯のように出てきて、いつまでもいてほしいような気持ちになった。産休明けに子どもを預けたときの、別れの切ない気持ちも重なって出てきた。あのときの切なさと重ねているのかなと気づくと、今の気持ちが落ち着いた。

いろんな気持ちに大いに揺れた一カ月。あとで振り返れば、笑い話になるようにも思える。私の感情は自分で整理してちゃんと引き受けながら、娘の門出を祝ってあげたい。フレーフレー社会人一年生、陰ながら応援しているよ!

(2010年3月)