スタッフエッセイ 2010年1月

湯気の向こう・・・

下地久美子

子どもの頃、お鍋と言えば、すき焼きと豚の水炊きしかなかった。当時の水炊きは、今のしゃぶしゃぶのような薄いお肉じゃなくて、けっこう分厚めで、あんまり美味しくなく、「今夜は、水炊きよ」と言われると、がっくりとテンションが下がったものだ。

時代とともに、お鍋も進化して、味のバリエーションが広がったのは喜ばしいかぎりだ。うちの夫と私は、鍋好きという点では意見が一致し、冬の週末になると、食卓にお鍋が出る回数が増える。「また、鍋か〜」と、嫌がっていた息子たちも、「鍋に入れると、白菜って、化けるよなぁ〜」と一丁前の口を利くようになり、お鍋の美味しさを分かち合えるのも嬉しい。

10年ぐらい前までは、鍋の王様と言えば、「てっちり」だねと、年に一度の贅沢と、ふぐを食べたが、ここ最近は、ふぐブームは去った感がある。我が家の鍋の変遷を見ると、ウエイパーのスープをベースに、餃子やキャベツ、ニラ、もやし等をたっぷり入れる中華鍋にはじまり、キムチ鍋、鴨鍋ときて、昨年は、特製白味噌を使っただしに切り落としの牛肉とささがきゴボウ、糸こんにゃく他、好みの野菜を煮る銀なべ(箕面にあるお店の味噌)が、王座に輝いた。この銀なべは、友だちの家でご馳走になり、あまりの美味しさに感動していたら、たまたま近所の肉屋さんで味噌を見つけて、すっかりうちの鍋ローテーションの仲間入りをしている。たぶんお取り寄せができるので、関心のある方は注文してみてください。銀なべрO72−723−1138。

キムチ鍋には、苦い思い出がある。一時、キムチ鍋にはまっていた時に、胃に激痛が走り、医者に行ったら「辛いものの食べ過ぎ」と言われた。胃を壊すほどキムチを食べるなよ〜という話だけど、それから数年は、キムチを食べるのが恐ろしくなった。が、キムチ鍋の誘惑に勝てず、一切れ二切れと慣らしていき、再びキムチ鍋が食べられるようになってホッとしている。食べたいのに食べられないほどつらいものはない。

不思議に思うのは、お鍋は単純な料理のようだが、食べる場所によって味が違う。私の場合、お店でお鍋を食べても、それほど美味しいと思えない。何となくよそゆきな感じで、落ち着けないからかもしれない。かといって、家に人を呼んでお鍋をすると、ゆっくり食べられないので、食べた気がしない。いろいろ考えた末、最も美味しくお鍋が食べられるのは、料理が上手の友だちの家で食べるお鍋だ。先日、友だちの家に行って、食べたお鍋は、実に美味しかった。彼女は、昔からお料理がプロ級で、何を食べても感激するのだけど、そのときは、お出しの効いたスープに鶏の軟骨を細かく刻んだお団子がたっぷり入っていて、歯ごたえがあって、素朴で温かい味だった。大勢でわいわい言いながら勢いよく食べるのもいいのだろう。

お鍋の楽しみは、締めにもある。ご飯を入れて雑炊にしてもいいし、うどんやラーメンなど麺類もいい。具材の旨みがたっぷりしみたスープの美味しいことといったらない。途中で入れるお餅も好きだ。とろ〜りしていて、いくらでも入ってしまう。

さて今年は、どんなお鍋に出会えるか。豆乳鍋は、私は気に入ったが、家族には不評だった。カレー鍋やトマト鍋も試してみたいし、スーパーでチーズ鍋の素というのを見つけて、それも興味津々。お鍋の世界って、奥が深いなぁ〜。

(2010年1月)