スタッフエッセイ 2009年10月

前村よう子

子どもの頃は、旅が嫌いだった。
旅とは言っても、せいぜい近隣にある国民宿舎に泊まったり、山陰まで海水浴に行ったりといった近場の旅がほとんどだったが、とにかく嫌いだった。乗り物酔いが激しく、自家用車もバスも電車も、行き帰りの行程がそもそも辛かった。でもそれは、第二の理由に過ぎない。第一の理由は、母の機嫌の悪さだった。

旅行の前日、荷物の準備をしながら、母のイライラは始まり、彼女の怒鳴り声の中で弟と二人、必死に準備をした。翌朝、家を出る瞬間が一番最悪だった。身支度や化粧、トイレ等で、母が家を出るのが一番遅かったが、車に乗り込むなり、母の愚痴が始まる。愚痴の大半は父を責めるものだった。「出発ギリギリまでテレビを見ていて何もしない」「車の運転が雑だ」「着るように準備をしておいたのと全く異なる服を着ている」というような内容から始まり、「そもそも昔から・・・」と父がこれまでしてきた失態を並べ上げる。

私と弟は、車の中でビクビクしていた。父の次に、母の矛先が私達に向くのが目に見えていたから。全行程を車で移動する場合、宿に到着するまで母の愚痴は続く。宿に着いてからも、ことある毎に母の怒りは爆発する。「仲居さんの前で行儀が悪かった」「仲居さんの前で貧乏くさいことを言った」等々。旅行中も気を抜くことができなかった。気を抜けば、それが母の怒りに繋がるからだ。

そんな私が「旅って楽しい」と初めて実感したのは、高校2年の時、兵庫県の派遣事業でアメリカのワシントン州シアトルに滞在した時だ。100名強の高校生たちの団体旅、宿泊地は州立大学の学生寮。週末には2人一組でホームステイ。食事は、大学の学食。決して贅沢な旅ではなかったが、生まれて初めて「自由」の二文字を実感した旅だった。旅ってなんて楽しいのだろう。自由ってなんて素敵なんだろう。この体験のおかげで、大学生になったら、何があっても家を出ようという決心ができた。

大学生になってからは、貧乏旅行を楽しんだ。神戸の下宿から東京まで、普通電車や快速などを乗り継いで、丸1日かけて旅をしたこともある。地図を見ずに下宿から東の方角へ、行けるところまで歩いての近場旅も、しょっちゅうしていた。就職し、結婚した頃は忙しくて、なかなか旅ができなかったが、子どもを妊娠し、つわりが酷くなり退職した後、むくむくと旅心がわき出した。

つわりが落ち着いてからは、大きなお腹を突き出して、大阪市内や京都、奈良、神戸などの観光地に行きまくり、B級グルメを楽しんだ。私は歩くのが速い方で、それは妊娠中も変わらなかった。大きなお腹を突き出した妊婦が、はや歩きで道行く人をどんどん追い抜いて歩いている様は、珍しかったのだろう。「うへぇ、妊婦さんや。えらい急いでるんやなぁ」と何度も声をかけられた。私としては、いつもの速さで歩いているだけだったのだが。

子どもを産んでからは、子連れでの旅を楽しんだ。飛行機代がかからない内がねらい目という理屈をつけて、北海道や東京ディズニーランドなど、遠くへの旅も楽しんだ。

そして今、再び一人旅を楽しんでいる。近場でも、遠出でも、思い立った時が吉日。全都道府県制覇まであと少し。今の旅は、「出張」という有難い旅が半分だ。つい先日も東京での出張講師だったが、前日入りさせて頂けたおかげで、東京をゆっくりと楽しむことができた。昨年は、山形での講師に呼んで頂けたおかげで、山形と宮城を満喫できた。

これからも、近場や遠方から声をかけて頂けるように、出張講師としての勉強も日々頑張らねば。・・・本末転倒かな?

(2009年10月)