スタッフエッセイ 2009年10月

人生の正午

窪田容子

ユングは、中年期を人生の正午だと表現した。その時、自分と世界に対する見方が大きく変化する。これまでの理想や価値が逆転し、それ以降はそれまでとは違った価値観に沿って自分を作り上げていかなければならない。人生の午前の人間の発達は、職業を得て、家庭を築くなど対外的な自己確立が重要となるが、午後は、自分の本来の姿を見出し、実現していくことが重要な課題となる。この「自己実現の過程」に取り組むことで、内的にはさらに上昇していく。転換点である中年期は、それまでの人生を振り返り、再検討し、いったん確立されていたアイデンティティを再構築していく必要がある。

人生の正午にさしかかっている私は、今この時を迎えている。

人生の午前は、学ぶことや成長すること、仕事を得て社会に根付き、家庭を作り、子育てをすることにかなりのエネルギーを注いできた。何か目標を持って、それを実現させていく、そんな生き方を好んでいたように思う。自分の指先の、その少し先に手を伸ばして、自分に引き寄せていく。そうやって自分が少しずつ成長していくことが、楽しかった。今でも、何か小さい目標を決めて、それに向かって努力していくことは好きだし、成長していくことは楽しいことだ。

でも、以前とは何かが少し違う。

末っ子が小学生になり、わが家のライフサイクルは、次の段階に移行した。子育てに費やす時間や手間が少なくなった分、自分自身に目を向ける余裕も少しずつ生まれてきた。ここ数年、自分の内側が、自ずから変化していくのを感じている。今までの価値観とは違った生き方を、自分の内側が求めているのを感じている。

人生の正午をどう過ごすのかが、人生の午後の生き方に大きな影響を及ぼす。だから、私はこの変化を大切に育んでいきたいと思っている。最近、こうなりたいとか、こうした方がいいとか、そんなことをちょっと横に置いて、合理的に考えることも、ちょっと休憩している。今、本当のところ、心はどう動き、身体は何を感じているのか。今、心をよぎった感覚は何だろう?そこに耳を澄まして、チューニングしている。

最初は、なかなか声が聞き取れない。しかし、そっと耳を澄ませていると、少しずつ聞こえてくる。聞こえてきた小さな声を、そっと拾い上げて、「それで、いいよ」と受け容れる。そして、何を欲しているのだろう、望みはなんだろう・・・。考えるともなく、ぼやんと思い浮かべて、気持ちと身体の中でコロコロと転がしてみる。ふっとひらめいたことがあれば、「うん、いいかも。そうしてみよっか。」と動いてみる。そうやって、 変化していく自分に身を任せている。

どこに導かれていくのか分からない。ユングの言う「自分本来の姿」が、どういうものかも、まだ今は分からない。けれど、もっとしっくりした場所に、もっとしっくりした気持ちと身体で、伸びやかに、かろやかに歩いている自分にたどり着けそうな気がしている。 

期待をこめて・・

 

(2009年10月)