スタッフエッセイ 2009年9月

ソマティック・エクスペリエンス(SE)トレーニングに参加して

西 順子

9月17日の夜〜23日まで、東京で開催されたソマティック・エクスペリエンス(SE)トレーニングに参加した。SEとは、「身体感覚」をベースにしたトラウマ治療法であるが、5月に初級トレーニング前半を終え、今回はその後半だった。日常から離れ、講師の先生やアシスタント&スタッフの方々、参加者の皆さんと一緒に過ごした6日間はあっという間で、とても濃密だった。

トレーニングのプロセスを通して、私自身が変化していくことを感じたが、それは「穏やかな癒し」とでもいうような、新しい体験だった。トレーニングの場での、講師によるSEセッションのデモストレーション、グループでのSE手法の実習などを通して、参加者の皆さんと共に、私自身の心と身体も共振し、共感とともに、トラウマの悲哀を悼むプロセスをたどらせて頂けた。それは、その場が安心してつながれる、安全なコミュニティであったからこそと感謝している。ここでは少し、トレーニングの合間に受けたSEの個人セッションの体験を紹介したい。

日頃から、疲れると左側の肩と首に痛みを感じていたが、SEのグループ実習でも、身体感覚に注意を向けると、左側の目や顎が緊張し力が入り、肩首も痛く重くなった。この感覚は何を意味しているのだろうか?と以前から気になっていたが、セッションではセラピストのガイドに添って身体の感覚や動きに注意を向け、身体の「声」に耳を傾けていった。そのプロセスのなかで、「あたたかい感覚」に触れたとき、ふと涙が流れて出てきた。頭ではどうして涙が出るのかわからない、ただ目からは涙がこぼれ落ちていた。そのあと、ふと懐かしい「ある感覚」が現れた。その懐かしい感覚に気づいたとき、潜在記憶が現れたのだった。それは私の記憶の一コマである、高校生の自分だった。イメージのなかで、身体をベースにしながら、その高校生の私、今の私とが対話するなかで、イメージも動き、変化していった。そのプロセスはとても創造的で、不思議で、とても新鮮なものだった。身体とは、無意識の宝庫であるのことを実感した。そして、人間という存在に対して、畏敬の念を抱いた。セッションが終わったときは、内側から満たされる穏やかさと落ち着きを感じていた。

講師の先生は、トラウマの癒しにとって「社会的なつながり」の感覚が大切なことを何度も言われていた。SEのセッションでは、高校生の私が今の私とつながり、トレーニングの場では、国籍や居住地や年齢を超えて、社会的なつながりを感じることができ、安心して自分を外にひらくことができたのが嬉しかった。共に学び、共感しあい、体験を共有したSE療法家の先生や仲間たちとの出会い、そこで生まれたあたたかいつながりに感謝したい。そして、自分が学び、体験させてもらったことを支えに、日常の臨床に取り組んでいければと思っている。

※SEトレーニングについては、日本ソマティック・エクスペリエンス協会サイト(http://www.sejapan.org/about.html)をご参照ください。

(2009年9月)