スタッフエッセイ 2009年9月

ドライブ

津村 薫

ストレスの講義をしている時、受講者に自分のストレスコーピング(ストレス対処法)を書き出してもらったりする。「ドライブ」というのは、よく出てくるコーピングだ。そして、私にとっても過去、とてもお気に入りのコーピングだった。

過去形になっているのは、私はもう車を手放しているから。10年以上になる。最後に乗った車は、トヨタのスプリンターマリノ、真っ赤なスポーツ車タイプだった。藤井フミヤが当時CMに起用されていて、私はよく、「この車を乗りこなせるのは、藤井フミヤと私だけ」とネタにしていたものだ(笑)。

私自身は当時、数少ない託児所があったという理由だけで、ある自動車学校を選んだのだけど、これがまた厳しいところだった。今まで卒業生から死亡事故者を出したことがないというのが学校の誇りになっていて、この記録をさらに伸ばすべく、教官たちが並大抵ではない真剣さで、指導に取り組んでいるような学校だったのだ。

私が免許をとったのは、我が子が1歳後半の頃。私は、まだ20代後半の若さだった。運動神経には自信がないけれど、何とか頑張りたいと思う私に、指導の容赦ないことといったら。私には、左の確認が甘いという癖があった。それを何度も何度も何度も何度も(笑)指摘されたっけ。必死で頑張る中、「津村さん。あなたがその確認を少しでも怠れば、人がひとり死ぬ話なんですよ」と厳しく言われた時には、思わず涙ぐみそうになったけれど、あの真剣な指導には、心から感謝している。

卒業後、私はどこで運転しても怖くない程度に、車に慣れていた。それから毎日のように車に乗っていた期間も長かったので、いつのまにやら、恐怖感も和らぎ、適度に緊張しつつも、運転することが楽しくなっていた。ただ、当時指摘された弱点に、あらためて気づいたりもした。それでヒヤリとした体験も一度したものだから、あらためて恐怖がこみあげ、必死に改善した記憶もある。

車内には、赤い座布団を置いたり、ぬいぐるみを置いたりと、可愛くしつらえたりもしたし、好きな音楽のカセットテープ(時代を感じるな・・・)を、これまた可愛いケースに入れて持ち込んで、ドライブを楽しんだものだ。当時は、小さなグッズを選ぶのが楽しく、カーショップに行くことも、わくわくして好きだったっけ。

音楽は、サザンにユーミン、青春時代に聴いたオメガトライブだの、大好きなモーツァルト、クイーンにカーペンターズと、ジャンルはバラバラだけど、お気に入りのものばかりを、どっさり。緊急自動車の音が聴こえるレベルに音量を上げて聴くのが、気分良かった。

車があったことで、子育て奮戦中はとにかく重宝していた。子どもが大きくなり、夫婦揃ってウィークエンドドライバーなので、もったいないという結論になって車を手放した。夫は今でも、勤務先の車に乗ることがあるらしいが、私はすっかり運転から遠ざかってしまった。旅行先などでは必ずレンタカーを借りるが、運転手はもっぱら、夫。皮肉なもので、運転の機会に恵まれる夫は、たいして運転が好きではなく、電車利用の方がずっと気楽でいいと言う。

私もまた、ハンドルを握ってみたいな。もう一度運転するとなったら、ペーパードライバー対応の練習にでも通わないといけないと思うけど。そんな訳で、すっかり遠ざかってしまった、ドライブ。でも私は、本当に運転が好きだったんだろうなと思う。今でも、「ドライブ」と誰かがコービングを挙げると、「ああ、いいなあ」と羨ましく思ったりする。

そのうち練習して、レンタカーでのドライブをしてみるのも良いかもしれないな。最後に乗った車のキャッチフレーズは、「海へ、マリノ」だった。大好きな海までドライブ。うーん、気分良さそう。それまでは、好きな本を鞄に入れ、電車移動を楽しむとしよう。

(2009年9月)