スタッフエッセイ 2009年7月

ミステリーとの出会い、作家との出会い

前村よう子

つい先日、待ちに待ったミステリー本を借りる順番が回ってきた。私の住む市にはあちこちに図書館があり、市民は事前に図書館でカード登録をしておけば、インターネットで本の貸し出し予約ができる。借りる順番が来たことはメールで知らせてくれ、一週間以内に最寄りの図書館に行けば、本を2週間、借りることができる。返却は、返却専用カートが設置されているので、早朝でも夜でも好きな時に返却可能だ。

教員免許を取得する為に、約16年前、仕事と子育てをしながら仏教大学の通信教育部にて2年間学んだ。その時、毎月平均8本のレポートを書き続けたのだが、大学から受け取った教科書以外にも多くの専門書や文献が必要だった。一冊数千円から数万円の専門書、しかもその多くは絶版、となると図書館で借りるしかない。このことがきっかけとなり、読みたい本を片っ端から図書館に貸し出し希望を出し、どんどん読んでいく生活が始まった。

仕事上、これは絶対に必要だという本だけでも、我が家は満杯状態で、これ以上は小説を置く場所がないというのも、図書館活用の理由だ。借りて読んで、これは買おうと決心した作品だけは、購入している。大人になってから購入したミステリーは、連城三紀彦、宮部みゆき、東野圭吾らによるものだ。

不遜な話だが、この3人の作品に共通するのは、読み終えてすぐ「負けた!こんな話は、私が逆立ちしたって絶対書けない」と感じたことだ。連城三紀彦は『戻り川心中』、宮部みゆきは『火車』、東野圭吾は『白夜行』が、それぞれの作家との出会いだった。負けたと思った途端にファンになり、その作家の書いた本を全て乱読することとなる。

小学生の頃は、コナン・ドイルや、江戸川乱歩を読みふけった。中学・高校時代は横溝正史と松本清張、夏樹静子、森村誠一にはまった。そして結婚後、妊娠中からはまったのが既述の3作家だ。

その後しばらく、「負けた!」と思える作品には出会えなかったのだが、ついにこの春、気持ちよく完敗した作品に出会った。本の題名は『告白』、湊かなえという新人作家によるものだ。今年度の本屋大賞を受賞したことでも知られている。ミステリーなので、詳細を書く訳にはいかないが、新人とは思えない発想と、地道な人物作り、ストーリーの整合性。パーフェクトだと思う。そして怖い話だとも思った。

図書館で予約した時の貸し出し順は、確か、400番台だったと思う。つまりそれほど多くの方々が予約されていたのだ。でも、あっという間に順番が回ってきた。私も借りた日、帰宅後からすぐに読み始め、翌日の午後には読み終わっていた。活字を読むのが辛くない、それどころか、活字を読んでいることすら忘れるほどの作品に、久々に出会った。これは買いである。湊かなえの作品を全て読みたくなってきた。まだ新人だから数冊だけれど、彼女の作品は買おうと思っている。

活字を追うこと自体が苦痛で、まるで苦行僧のように読み進める本もある。普段は目にしない難しい漢字ばかり、表現ばかりであり、しかもやたらと分厚い。なのに、ついつい京極堂や榎木津といった登場人物に会いたくて読んでしまうのが京極夏彦の作品。

新学期に入ってからというもの、授業準備に忙しくて、なかなか本の予約さえできずにいたが、次の仕事の波が訪れる前に、仕事の為ではなく、趣味の為の本探しで書店巡りをしたいなと思う、今日この頃だ。

(2009年7月)