スタッフエッセイ 2009年6月

イメージの力

長川歩美

この一ヶ月間は、私にしてはとてもいそがしく過ごしていた。仕事は好きなので、休みがなくても生活に充実感はあるが、あまり根をつめすぎると自分が渇いていくのがわかる。頭がかたくなって、表情にも面白みがなくなって、ゆとりも潤いもない感じ。これではまずい・・が時間はない。

いそがしくなると、やらないといけないことで生活がいっぱいになってしまう。それが本来好きな勉強や仕事であっても。そうなると、普段なら自分の中からムクムク湧き上がる(〜したい!〜ほしい♪〜いきたい〜!)という欲望?好奇心が枯れていってしまう。そのうち朝選ぶ服や、夕食のメニューも、自分のその日の気分・好みを反映できなくなってくる。

こうなってくると、楽しみと発散を兼ねてピアノを弾いてみても、自分の状態を音に乗せられない。だからせっかく弾いてもストレスがたまるし、うそっぽい無味乾燥な音楽になってしまう。そういえば、友人のピアニストが「時間にゆとりがない中でピアノを弾いても、練習にはならないよね。」ってつい最近言ってたっけ。

・・などと思ってみても、やはり時間はない。ないものはしょうがないので、電車の移動時間に、頭の中で遊んでみることにした。とってもくだらないのだが・・・ドラえもんの「どこでもドア」があることにして、休みがとれたら行ってみたい場所をイメージ・・たとえばきれいな浅い海を思い浮かべて、どこでもドアをあけて、水に足を入れてみる、とか、電車に乗っている素敵なファッションの女性をみつけて、イメージの中でその人のファッションを自分に着せてみる、とか・・

スマップのレストランに招待されたら何をオーダーするか考えてみたり、車内にあるものでダジャレを10個考える・・とか、いろんな果物をしぼって美味しそうなジュースをイメージの中でつくってみたり。今一番読みたい本のタイトルを考えてみる、とか。

やってみるとイメージは尽きなくて、どんどんでてくる。イメージの中だけのことなのに、感覚が豊かになって、なんだか脳がよろこんでいるよう。それに、自分の(〜したい!)イメージが活性化されていると、短い時間でのちょっとした買い物で、満足できるものを選べたりもする。

ふだんの自分は、こういう能動的な想像はほとんどしない。ずっと昔に、思わず笑ってしまうような短いファンファーレのような音楽を頭の中でつくって、落ち込んだときに頭の中で鳴らしてみる、ということはしたことがあったが・・(笑)。案外効き目があったので、実際に音楽を聴くのと同じような効果があったのでは、と思う。

イメージがふくらみすぎて現実から離れてしまうとよくないかもしれないが、いそがしい時期をのりきったり、自分の(〜したい!)をいきいきさせるのにはいいんじゃないかな〜と思っている。・・とはいうものの、来月は少し休みがとれそうなので、イメージの世界ではなく、現実世界でリフレッシュの時間をとって楽しんでこようと思う。

(2009年6月)