スタッフエッセイ 2009年4月

水が好き。

津村 薫

昔から、海が好きだ。出張でも、海のそばというだけでわくわくして、お得な気分になる。道中でも海が見えると、もう嬉しくてたまらない。海に限らず、湖でも川でも池でも沼でも、水がたくさんあれば嬉しい。池と沼の違いはカッパがいるかどうかではないぞ(笑)。そんな私は小さな頃、カナヅチもいいところで、水を怖がるような子どもだったのだ。「顔つけ」と言われても、「鼻つけ」程度しかできなかった(笑)。

心配した親は、私を夏休み集中のスイミングスクールに通わせた。今と違って当時は、習い事といえば、文化系。そろばん、お習字が主流という時代だった。地域のスポーツのチームなどはもちろんあるのだけれど、月謝を払って運動を習うという価値観が定着する前のことだ。従って、近所にそんな施設はなく、電車に乗って1時間強という距離を、夏休みの20日間程度、毎日通った。

きょうだいも、近所のお友達も一緒だった。おしゃべりに夢中になって、下車駅に気づかず乗り越してしまったり、お菓子を買い食いし過ぎて、帰りのバス代が足りなくなって、みんなで青くなり、運転手さんに謝っていたら、知らないおばちゃんが「いくら足りへんの?50円?ほんならおばちゃんが払ったげよ」とお金を出してくれて、必死でお礼を言ったり、笑える思い出がたくさんある。

今となっては、親の当時の選択にひたすら感謝するが、そこはなんだかユニークな場所で、水泳が大の苦手な子どもたちも、たくさんいた。未だに名前を覚えている、優しいおじちゃんといった感じの男性の先生は、水深の浅いプールに輪になって座り、みんなで手をつないで、いろんなおしゃべりをするという授業をしてくれた。

夏休みが終わりに近づく頃、少しずつ少しずつ水になじみ、顔がつけられ、浮くようになり、誰かと比較されることもなく、誉められながら泳げるようになっていったのだから、不思議。その間苦労したとか、つらかった記憶はまったくない。自分ができるようになっていくことが、楽しくて仕方なかった。

少し上達していくと、そのうち古式泳法とやらを徹底的に教え込まれる。速さを競わないけれど、持久力を培われるものだった。消耗するので、顔をつけてはいけない。50Mプールを、顔をつけない横泳ぎで、列になって十数人で、ひたすら何週もするのだった。こう書くと、結構ハードだったんだなあ。誰に勝つことも目的としない、それは静かな自分との闘い?だったのかもしれないが、そんな悲壮感もなかった。ただ黙々と泳ぐことが楽しかった。「早く終わってくれー」と思ったこともない。

そんな訳で、私はクロールや背泳ができないのに、「横泳ぎ」だの「抜き手」だの「潜水」だの「立ち泳ぎ」だの、ユニークな泳法には、ちょっとだけ強くなっていった。毎年夏の20日間を毎日通って、6年。いつのまにか鍛えられた私は、2〜3km泳いでも、へたばらない子どもになっていた。何より、水を楽しめるようになったことが喜びだ。

大人になって、仲良しグループみんなで、海に泳ぎに行ったとき、男の子たちが遊泳禁止のブイまで泳ぎ、Uターンすることを繰り返していた。思わず当時を思い出し、私も嬉々として一緒に泳いだ。男の子たちが先にギブアップして、私はみんなから「カッパ」という称号をもらった(笑)。決して水泳大会などでは活躍できず、全然カッコ良くないが、こういう時にだけ役立つ(笑)。

水かきは決してついていないけれど(笑)、水の中にいると私は、陸より身軽で元気になる気がする。水が好き。幸運な環境に恵まれたこともあるけれど、楽しみながら、いつのまにか自分の血肉になっていった趣味という感じかな。毎日泳ぐ人は6年寿命が延びるのだとか。毎日泳げたらいいなあ〜。

(2009年4月)