スタッフエッセイ 2009年3月

化粧行動の不思議

村本邦子

今年の院生には、女性の化粧行動を修論のテーマにする女子学生が2人いる。1人の方は、化粧をするという行動、もう1人の方は、化粧をしないという行動に焦点をあてる。結果は1年後のお楽しみだが、彼女たちといろいろ話しているだけでも、化粧行動って不思議なものだなぁと感心させられる。みなさんは、化粧をする、しない?どのくらいの化粧を、いつ、どんな時に?そんな化粧行動は、年齢を経て変化してきただろうか?あなたにとって化粧とは?ここで、化粧というのは、乳液(もしくはクリーム)から後、下地やファンデーションからを言う(んだそうだ)。

私たちの子ども時代、化粧は「大人の女性の象徴」みたいなものだった。おませな女の子が、こっそり、母親の口紅をひいてみる・・・なんてシーンがあったものだ。高校卒業時、化粧品会社から、サンプルの化粧品や講習会のチケットがプレゼントされたりしていた時代。何ともほほえましい。現代は、百均でも売っているし、中高生が化粧をするのは普通、小学生用の化粧品も出ているくらいだ。

その一方で、少数派ではあるが、大学生になっても化粧をしない人たちは一定程度ある。その場合も、社会人になると、マナーとして、とりあえず化粧するというのが一般的らしい。化粧をしない理由は、めんどうくさい、やり方がわからない、肌に悪い・・・などなど。私も若いときは化粧をしない方だった。理由はいろいろあるが、めんどくさい、ちょっとでも化粧すると、めちゃめちゃケバくなる、やるぞ!と決心しても、朝、バタバタして時間がなくなってしまう、うっかり忘れてしまう。社会人になっても、パーティとか何かあるとき、もしくは、気が向いたときしか化粧しなかった。

今の時代には一種のセクハラだが、上司から、「あんたも化粧くらいしなさい」と注意され、「余計なお世話」と従わなかった過去もある(ここは、結局、別の理由でクビになった・・・)。だからこそ、フェミニストの集会で、「毎朝、屈辱的な気持ちで、口紅をひく」という女性の発言に驚いたものだ。今でさえ、ロースクールの学生たちが、弁護委事務所のエクスターンに出るためのマナー講座のなかで、「女性は派手でないマニキュアを塗ること」と言われ、悔しがって泣いていたのにびっくり。やりたければやる、やりたくなければやらない。そんなことを誰かから押し付けられたくはない。

今の私は、結構、化粧を楽しんでいる。年を取って、顔色も悪くなり、ほほ紅をつければ、なんだか元気になった感じがするし、アイシャドーや口紅のカラフルなグラデーションの色揃えは、まるで何百色もある色鉛筆のように、ついつい集めたくなってしまう。見ているだけでうっとりと嬉しい。今の私にとって、化粧品はアクセサリーのようなものだ。とは言え、化粧が、センスやテクニックを要するのも確か。私の妹などは、最初に化粧品会社に就職したこともあって、かなりのテクニックを持っているが、会社をさぼった後に、病人メイクをするなど、まさに「化ける」を楽しんでいた。今は田舎暮らしを楽しんでいるので、めったと化粧をしない。

他方、自分の顔の気に入らない部分の修正やコンプレックスを消すために化粧を使う人は、かなりのテクを持っていても、化粧品の品揃えはしないらしい。この場合、化粧で修正した顔が自分の顔の感覚に近い。この人がすごいなと思ったのは、電車に乗って、人の顔を見ると、プチ整形や整形手術をしている人がわかるんだそうだ。そんな可能性を持って人の顔を見たこともなかったし、それにどうしてわかるのか、全然わからないので、ものすごく驚いた。

1日中、家にいるときでも化粧をする人、温泉でも化粧を落とさない人、宅急便の人は構わないが、夫にはすっぴんを見せられないという人(いったいどうやって寝るんだろう?)、化粧に関する人の感覚は、本当にさまざまだ。私は、基本的に、自分のために化粧をすると思っているが、それでも、家にいるときはしないことを考えると、やはり、他者を想定した自己表現行動のひとつなのだろう。本当かどうか疑わしいが、女性の平均寿命が長いのは、鏡を見る時間が長いからという説がある。刺青やピアスなど、関心を拡げればきりがないが、何か魔術的なニュアンスまでこめられているのかもしれない。

(2009年3月)