スタッフエッセイ 2008年12月

決断と実行

安田裕子

 「あとは決断と実行や」。
 以前の職場で一緒に働いていた人が、ここぞという時に決まって口にしていた言葉である。顎をなでながら得意気につぶやくその言葉を、「また言ってる(笑)」と、面白半分に聞いていた。それが今や、重みのある言葉となっている。実際、自分で決めて、実行にうつし、それをやり続けるということは、そう簡単なことではない。

 フィギュアスケートにここ数年はまっている。やる方ではない。観る方である。スケートは、幼い頃父親に、姉と連れて行ってもらった思い出や、高校時代にクラスの仲良しグループで行った経験がある程度である。はまるといっても、トップクラスの選手の演技をテレビで観るという程度ではあるが、彼女たちの演技には、いつも釘付けになる。

 華々しく美しいだけではない。力強さ、芯の強さ、前向きに挑みかける姿に、なんともいえない魅力を感じる。数分間の演技。その背後には、何十倍、何百倍、何千倍もの時間とエネルギーをかけた、トレーニングがある。そうした積み重ねのうえに、彼女たちの演技が光る。

 超一流の選手に限られることではない。どんな領域・分野でも、何かを決め、実行し、やり続けることには、多大なエネルギーがいる。やめたくなることだってあるかもしれない。やらざるをえないと、消極的な決断をすることだってあるだろう。それでも挑戦し続ける。何かを為すということは、そうした蓄積のうえにあるのである。こうした営みに、人の偉大さを感じる。

 現代社会において、人は、広く選択ができるようになったといえども、何でも選ぶことができるというわけではないだろう。しかし制約がある状況下で、自分で何かを決断することが、その後のその人の歩みに大きな影響を及ぼす。何かをやろうと決めて、実行に移し、やり続け、挑戦し続けるということは、大変なことであるに違いない。しかし、軌道修正も含めて、このようにやり続けることの蓄積が、その人の固有の人生をかたちづくる。

 「あとは決断と実行や」。
 得意気につぶやく様子を面白おかしく思いながら、流し聞きしていたあの言葉が、今、私のなかで、意味をもった言葉として響いている。

(2008年12月)