スタッフエッセイ 2008年11月

45歳を目前にして

前村よう子

 早いものでもう11月。あと2ヶ月で今年も暮れる。

 先日の授業でこんなことがあった。私が「早いなぁ、もう10月も終わりやし。高校3年は12月いっぱいで通常授業も終了やなぁ。私がこのクラスで授業できるのも、あと10回くらいかな」と授業開始前に出欠確認しながら話すと、一人の生徒が「そんなん言わんといてぇなぁ。もうすぐ終わってしまうんや、このクラスのみんなが揃うのはあと少しなんやと考えただけで涙出てくる・・」と涙を流していた。彼女にとってはここは、いいクラスであり、ここの皆はいいクラスメートだったのだなぁと思うと、貰い泣きしそうになった。

 何年か前にも書いたが、非常勤講師をしていると3年生のこの時期は、生徒たちと過ごせる時間のカウントダウンが始まる時期でもあり、少々センチメンタルな気持ちになる。しかし現任校では高校2年生も担当するようになったので、以前に比べれば感傷的になる回数は少なくなった。

 3学期、2年生だけとはいえ、超がつくくらい元気で、時にはやかましすぎる生徒たちの授業を担当していると、寂しいなんて気持ちを感じている暇がないのが本音。毎時間最大級の声を出しながら、声が枯れないように、喉を痛めないよう体調を保つのが一番難しい。そうして忙しく走り回っている内に3月となり、次年度を迎えるのがこの頃の常だ。

 とは言いながら、やはり3年生の授業を終えてしまう寂しさはつきまとってくる。だいたい時期も悪い。12月はクリスマスもあるし、皆が忙しい年末でもあるが、私にとっては一つ年を重ねる時期でもある。複合的に「感傷的になりなさい」と働きかけられているようなものだ。まして今年は「あらふぉー」と呼ばれる年齢から、「あらふぃふ(そんな言葉はあるのだろうか?)」の仲間入りをする。そのせいか今年は早めにセンチメンタルな時期がやってきたようだ。5年後に来たるべき50代に向けて、私には何ができるのだろうか?何をやり遂げたいのだろうか?どうありたいのだろうか?

 今年、2年生の授業で倫理を担当しているせいもあろうが、教科書や参考書等を参考にプリントを作成しながら、様々な哲学者や宗教者の生き方・考え方を知る度に、自身につきあわせて考えてきたように思う。

 来月の誕生日までの時間、仕事や義母の事等でバタバタし、まとまって思索する時間は取れないが、少しの時間を見つけてはじっくり考えていきたいなと思う今日この頃である。

(2008年11月)