スタッフエッセイ 2008年11月

秋の恒例

渡邉佳代

 この3〜4年、秋に楽しみにしているイベントがある。京都の四季はそれぞれに異なった美しさがあり、どれも好きなのだが、特に春の東山、秋の嵐山とベタだが、学生時代の同期とともに、観光客になりきって散策する。その名も「秋の嵐山デトックス・ツアー」である。

 京都に住んでいていいところは、思いついた時に観光ができること、そして観光客が賑わう時間帯をずらして、人気のある観光地を贅沢にのんびりと楽しめることである。旅と言えば、限りある時間を有効活用して計画的に名所を訪れるのもいいのだが、時間を気にせずに思いつきでその場その場を訪れ、気に入った場があればそこを心ゆくままに味わい、土地の匂いをかぎ、人々の営みを肌で感じるのも好きである。

 このデトックス・ツアーも、初めは思いつきで始めたものだったが、最近はすっかり恒例になってしまった。まずはこのツアーのパートナーである友人と、嵐電で待ち合わせる。乗物に乗った旅はどれもワクワクするが、この嵐電は、下町情緒あふれるチンチン電車のような出で立ちで、嵐電の路線も生活感満載でとても気に入っている。

 今回も賑わう時間帯を外した夕暮れ時。ほとんどの観光客は宿に向かったり、旅を終えて帰路につく時間帯だ。嵐電嵐山駅に着くと、早速私たちは腹ごしらえ。嵐山駅前にあるロールケーキ屋さんのARINCOは、食べ歩き用のロールサンドも用意してあり、しっとりしたスポンジケーキと、濃厚なバニラクリーム、甘いメープルシロップとカリカリのアーモンドが絶品である。

 とはいうものの、それだけでは足りずに、行く先々でそろそろ閉まりかけた土産物屋に駆け込み、ほうじ茶ソフトだの金つばだの煎餅だのを食べ歩き。デトックス・ツアーという名の下で、たんとストックする私たち。秋は何を食べてもおいしい。これもお楽しみのひとつだ。

 さて、今回のツアーの1番目のポイントである、野宮神社に向かう。ここは源氏物語にも描かれ、その昔は伊勢神宮に向かう斎王が身を清めた場所である。今は縁結びの神社として知られているが、私はしんと静まり返った夕暮れ時に、ここのビロードの絨毯のような緑色の苔を眺めるのが好きだ。秋独特のパリッと乾いて張りつめたような空気と、柔らかい土の匂いを胸一杯に吸い込む。

 そして恒例のおみくじ。最近は、年に1度、ここでしかおみくじを引かないというこだわりを持っている。初めてここで引いた年は、私自身、自分の働き方や生き方に揺れていた時期だった。その時に引いたおみくじの中の和歌は、「土砂降りの中にぽつりと佇んでいる」のようなもので、なんとまぁ、嘘のない神社だろうと感心してしまったのだ。土砂降りなら仕方がない、晴れるまで今できることを誠実にコツコツとやっていくしかないと思えた。

 そして、昨年はまたもや雨シリーズ。「夕立がそのうち去って、さわやかな夕暮れ時」のようなもの。もう少しで雨は上がるんだ、今やっていることは間違いではないと、励まされる思いがした。そして、今年は「降る雨はあとなく晴れて、のどかにもひかげさしそう」。つまり、周囲に助けられてうまくいくけど、感謝を忘れずにということ。ちょうど自分でも少し先が見えてきた時期だったので、とても驚いたが、同時にこの数年、自分が揺れていた時期に支えてくださった方々を思い、感謝の気持ちでいっぱいになった。

 気持ちを新たに野宮神社を後にし、宵の青が滲み始めた竹林を抜ける。しんと静まり返った竹林は、故郷の雪山のイメージと重なる。全ての音が吸い込まれそうなほどの静けさの中、細い竹林の道はぼんやりと暗く、人もいないので、まるで産道を抜けていくような感じで少し緊張する。トロッコ電車の嵐山駅を抜けると、田んぼと落ち葉の匂いのする嵯峨野のあたたかく柔らかい秋に迎えられ、ホッとして嵐電に戻る。再生のイメージだ。

 ツアーの2番目のポイントは、嵯峨野に湧き出る天山の湯。ここは盆地に湧くのには珍しく、濃度の濃い塩分が含まれた天然湯。じんわりと冷え込んだ手足を湯船の中でゆっくり温め、友人と互いに背中を流し合い、帰りはおいしいものを「明日への糧だ!」と言いながら、しっかりとストックして帰途につく。天山の湯は熱の湯とも呼ばれ、家に戻っても手足がホカホカする。

 自分が一歩一歩、歩んできた道を丁寧に振り返り、この1年を支えてくださった多くの方々、新しく出会った方々を思い返し、今年も心がホカホカ温まるデトックス・ツアーだった。ここ最近のエッセイでは、何度か母のことを書き、多くの方に心配していただいたが、母も持ち越し課題を抱えながらも、ようやく先日退院した。毎日を誠実に生きていくこと、そしてたくさんの思いや祈りに守られていることを感謝したい。

(2008年11月)