スタッフエッセイ 2008年9月

ベルリンの,ある記念碑を訪れて

安田裕子

 7月。ドイツ・ベルリンを訪れる機会に恵まれた。私のなかでは,いくつか目的のあるベルリンへの旅。そのうちのひとつが,歴史の爪跡をみてくること。そのなかで訪れた,「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。印象的な場所だった。
 
 この記念碑は,2003年から2005年にかけて建てられた,新しいものである。2711基のコンクリートの石碑がグリッド(格子)状にならぶ広場になっている。石碑はすべて,中が空洞になっており,横0.95 m ・縦2.38mの大きさで,縦の長さは,大人の身長をゆうに超える。高さはまちまちで,地面と同じものから,大人の背丈を超える4 m以上のものまで。上ることのできる石碑から,ジャンプしても手がてっぺんには届きようもない石碑まで。それらが,うねうねと波打つような地面に,均一にならんでいるありさまは,壮大とも,不思議とも,奇妙ともいえる。広場の広さは,面積1万9073m2。少し後ろに身を引いたぐらいでは,カメラのレンズには収まりきらない広さ。広場に入り,石碑と石碑の間をくぐり抜けるようにして歩いていると,迷路に迷い込んでしまったような,そんな気持ちすらしてくる。
 
 広場は,24時間自由に好きなところから出入りできるようになっている。ベルリンの夏は,日中が長く,21時頃でもまだ明るい。私が訪ねた19時頃も,少なくはない数の人びとが,訪れていた。
 
 石碑の広場の南東地下には,情報センターがある。地上に石碑がずらりとならんでいるため,情報センターの入口がどこにあるかが,見当もつかない。石碑と石碑のあいまを抜けつつ,情報センターへ下りる入り口を探すというのも,また一興。わーい,あった!と思いきや,それは出口。情報センターの最終入場時間は,19時15分。急がないと。。。出口から出てきたおじさんに,入口の場所を教えてもらい,急ぎ,地下の情報センターに向かった。
 
 地下の情報センターは,広くはないながらも部屋ごとでテーマが分けられており,それぞれの部屋でなにかを訴えかけてくる。なかでも,「二つの次元の部屋」と「家族の部屋」が,私にはとりわけ印象的だった。

 「二つの次元の部屋」。部屋の壁にぐるりと書き記された,被害に遭ったヨーロッパの国々の犠牲者総数と,部屋の床に書き記された,迫害を受けるなかで書き残された15人のユダヤ人の伝記的記録。個人の語りが,迫害の緊迫感や家族への想いなどを綴っている。そこに,犠牲者たちの,怖れや哀しみ,怒り,そして無念さを,しみじみ思う。
 
 「家族の部屋」。この部屋では,15のユダヤ人家族がとりあげられていた。彼らの生活について,迫害以前,迫害の最中,迫害以後と,そのコントラストが際だつように書き記されていた。迫害を受けるなかでの,家族の離散,絶滅。生存の記録は,例外的なもの。迫害以前は,社会生活,民族生活,文化生活など,幅広く多彩に活躍していた彼ら。迫害・追放を受け,生活が劇的に変化していくさまは,彼らが,歴史に翻弄されたありさまを,端的に物語っていた。
 
 家族,友人,恋人。大切な人たちと,今を安らかに生活することすらままならなかった人々。激動のなかで懸命に生きようとした個人の歴史,家族の歴史。地上には,グリッド状に石碑がならぶ,迷路のような記念碑。明るく現代的な,ベルリンの街なみ。そのコントラスト。そこを訪れた私。歴史から,私たちは,何を学ぶことができるのか。歴史の痕跡は,確実に,大事ななにかを,私に,訴えかけてくる。

(2008年9月)