スタッフエッセイ 2008年8月

非暴力と平和を願う〜その2

西 順子

 前回のエッセイで書いたが、今年、研究所で取り組んできたテーマは「世代を超えて受け継ぐもの」。この7月には、IMAGIN21による「地獄のDECEMBER〜哀しみの南京」を観劇し、ドラマセラピストのアルマンド・ボルカスさんによるプレイバックシアター「こころとからだで考える歴史のトラウマ」とワークショップ「アジアの若い世代が継承する戦争体験」に参加させていただいた。以前から参加するのを楽しみにしていたが(どんなふうに自分が感じるのかと)、思っていた以上に、心の奥深くに触れる、密度の濃い四日間だった。
 特に最後の二日間のワークショップが終わった時、心の奥深くが満たされたような、これまでにないものを味わっていた。これをどういう言葉で表現したらいいのかと思ったが、一番ぴったりときたのは「癒し」という言葉だった。魂が癒されるというのはこういうことをいうのだろうか。自分に対して、人に対して、人間に対して「優しい」気持ちになれる自分がいることに気づいた。癒し、それを体験できたのも、この四日間で、人間の心の闇に触れることができたからであろうか。

 これまで、研究所主催のグループも含めて、さまざまなグループに参加してきたが、グループで体験を語り合う中で、女性として、かつての子どもとして、「普遍性」を体験することができた。それは、「私だけじゃない、自分一人ではない」という体験である。しかし、今回の催しでは、私個人というより、家族として、普遍性を体験させてもらうことができた。私自身は、祖父母から戦争体験を聞くことはなく、父母からもほとんど聞くことはなかったため、戦争を身近なこととして実感することなくきてしまったが、今回の催しを通して、根っこのところでつながっているのだと感じられ、私の家族の歴史をも、全体の歴史の文脈に位置づけることができた。家族が孤立するのではなく、社会のつながりのなかに位置づけられるのだと思うと、とても安堵するような気持ちになった。
 つながりを感じることができたのには、ドラマという手法を用いて、からだ=五感を通して表現されていたからだと思う。ドイツで、アジアで、日本で、それぞれの家族が戦争による苦悩と悲しみを背負っていることを「人」を通して知ったが、それぞれの体験は違うものの、苦しみ、痛み、悲しみは、底でつながっているということを、ドラマの表現を通して感じさせてもらった。それは感情が伝わる体験だった。また、家族が背負った戦争のトラウマを自ら引き受けて、受け継ごうとしている方々の勇気と希望に向かう気持ちが、心にすっと染み渡り、敬意と尊敬の気持ちを感じさせていただいた。
 四日間での人と出会い、心とからだで感じた戦争体験を伝えて下さった方々に、感謝の気持ちである。

 もうすぐ終戦記念日を迎える。自分なりに過去の歴史と向き合い、家族とも戦争と平和について話し合う機会を持ちたい。自分が体験して感じさせてもらったことを、次世代の子ども達にも伝えていかなければと思う。 

(2008年8月)