スタッフエッセイ 2008年6月

電車通勤

森葺a代

 私は今、奈良県に住んでいる。そして基本、近鉄線とJRを使って、県内はもちろん県外へも電車通勤をしている。とはいうものの、毎日決まった時間に決まったところへ行く仕事ではないので、日々、行き先や、時間帯によって様々な光景を楽しんでいる。

 まず車窓の風景。通勤時間帯が過ぎ、空いた車内でゆったりとシートに座り、四季折々、遠くに連なる山々をぼんやり眺める。春、木々が芽吹き始めた淡いやさしい山の色に、「山笑う」という季語を思い出す。時には思いがけないお花見も。新緑の頃は、輝くばかりの新緑に胸がいっぱいになるような感動と元気をもらいながら電車に揺られる。そのうちに田んぼに水が張られ、田植えも始まる。早苗の成長を見ながら気が付けばすぐに暑い夏。まっ青な空と、もくもくと大きな白い入道雲のコントラストに暑い夏にうんざりしながらも、エアコンの効いた涼しい車内でしばしその暑さを楽しむ。秋、近くに遠くに木々の色づきを眺めながら、山々が錦を織り成すさまを楽しめる。そして冬、すっかり葉を落とした木々、これもまたいいものだと思う。トンネルから出ると、雪に覆われた田畑や山はなんともきれいだ。季節の移ろい、時間の移り変わりをゆっくり眺めながらの電車通勤は贅沢そのもの。

 そして、車中の人の風景。先日、すでに通勤時間帯を過ぎた頃、ベビーカーを押した若いお母さんに出会った。赤ちゃんへの目配りがなんとも優しく、赤ちゃんもご機嫌だった。でも、時間が経つに連れ、赤ちゃんはだんだん機嫌が悪くなってきた。車内は空いていたものの、子どもがぐずると、お母さんは周囲への気遣いから戸惑い困るものだ。でも、そのお母さんの対応は見事だった。まず、さっとお茶取り出し差し出す。お母さんに見守られながらごくごくお茶を飲む。次に窓からすれ違う電車見せ、話しかけている。窓の外にも飽きだすと、今度は大きな袋からおもちゃを取り出し、2人できゃっきゃと遊びだす。いつも目と目があってなんとも楽しそうな親子。またその様子を見守る乗客の微笑みと目のやさしさ。なんとも幸せな暖かい気持ちになったひとときだった。

 電車を降りて、乗り継ぐ合間に昼食をとることもある。先日、構内のおそばやでおそばを食べていたときのこと。混んだ店内に高齢の女性が入って来られて「ここいいですか?」と向かいに座られ相席になった。そばを食べ終え、『ごちそうさま』とちょっと手を合わせると「まあ、お若いのにえらいね〜」と。最初何のことかわからずきょとんとしたが、「外でご飯を食べていて『ごちそうさま』と手を合わせる人なんてめったにいない、感心したわ」とおっしゃるのだ。そして、「おかしなことを言ってごめんなさいね。家族からいつも要らんことばっかり言うと怒られてるの」「そうですか、私はこの年になってえらいねと褒められてうれしいです!」と、私の『ごちそうさま』をきっかけに少しおしゃべりをした。別れてからも「えらいね〜」のひとことが心に染みてうれしかった。思いがけないご褒美をいただいた。

 夕方の混んだ車内の学生さんもステキだった。年配の女性が乗ってこられたが、すっかり座席が埋まっていた。私も座っていたので立とうと思ったら、いち早くさっと立ち上がり、「どうぞ」と座席を譲る男の子。「ありがとう。あなたも疲れているのにね」と声を掛ける高齢の女性。少しはにかみ首をすくめて見せる男の子。2人のやり取りに、一日の疲れも吹っ飛ぶひとこまだった。

 電車通勤、混んだ電車に乗ることも多く、重い荷物を持ち疲れることも多々ある。でも、たまたまであった風景や人たちから、こんな幸せなひとときをいただくこともできる。明日もまた電車に乗る。ちょっとステキな電車通勤、ほんわかしたひとときのおすそ分け。

(2008年6月)