スタッフエッセイ 2008年6月

好きこそものの上手なれ

下地久美子

 ある日、夫が会社から帰ってきて、「俺、カレー部の部長になった」と言った。うちの夫が勤めている会社は、ハウス食品でも、SB食品でもない。カレーとは全く縁のない会社なのだが。よくよく話を聞くと、会社の同僚10人ほどで「カレー部」というのを作ったらしい。カレー部とは、カレー好きな人が集まって、カレーの食べ歩きをするという。もうすぐ50歳に手が届くおじさんが、カレー部とは、笑ってしまうと思ったけど、好きなものがあるというのは、いいものだ。先日も、仕事がうまくいかずに落ち込んでいた夫に、カレー部の部員から元気を出してくださいと、立派な「カレーブック」をプレゼントされていた。持つべきは、カレーの友。

 確かに、うちの夫は、日頃から、「インド人よりカレーが好き」と豪語していて、カレーには、目がない。我が家の晩ご飯にカレーが登場する頻度は、たぶん普通の家よりも、多いようだ。いちおう、3種類のバリエーションがあって、ノーマルな家庭の味カレーとインドカレーとタイのグリーンカレー。それが、週替わりで出てくる。玉ねぎをあめ色に炒めるような本格的なものじゃなくて、市販のルーを使っているので、そんな自慢できるものではないが(汗)。インドカレーやタイカレーにしても、最近は、お手軽に作れるペーストが売っていて(アジアンホームグルメがおすすめ)、それにココナッツミルクを加えると、お店に出てくるような、それらしい味になり、便利な世の中だ。かくいう私は、料理が好きだ。料理は、食べるのも作るのも好き。レシピ本を買ってきて、今度これ作ってみようと思うとウキウキするし、友だちを呼んでご馳走するのも、楽しい。「料理うまいねぇ〜」などとおだてられれば、どこまでも木に登りますよ〜。

 そういえば、テレビで、イチローが、毎日欠かさず、昼ごはんにカレーを食べているというエピソードが紹介されていて、道を究める人は、半端じゃないなと感じたことがあった。野球とは全く関係ないが、好きなものがはっきりしていて、これしかないという頑固さが、イチローを、あれほどのスター選手にしたのかもしれないと、勝手に解釈して一人で納得した。
 
 「○○が好きです」と、人生で、好きなものを見つけることができた人は、幸せだと思う。親から与えられたものでも、人に押し付けられたものでもなく、カラダの奥から湧き起こる「好き」という感情は、その人、個人のものだから、とてつもないエネルギーがある。好きなものを目の前にすると、無条件にワクワクするし、好きなことのためなら、多少の困難は、乗り越えられる。立命館の団士郎先生が、「人にとって大切なのは、好きになる力だ」と、ある集まりで話していたが、その通りだと思う。

 カウンセリングで、子どもや若者と会うと、まず、「好きなものは、何?」と聞くようにしている。慣れないうちは、「べつにぃ〜」と、そっぽを向いている子もいるが、根気よく待っていると、ポツリポツリと話してくれて、だんだんとエンジンがかかってくる。音楽でも、スポーツでも、マンガでも、好きなものがある子は、こちらが動かなくても、そのうちに自分で立って歩けるようになる。

 「好きになる力」は、なかなかあなどれないものだ。好きなもののない人生ほど、味気ないものはない。逆にいうと、好きなものがあれば、生きていける。別に、地位も名誉もお金もなくても、夢中になれるものがある人は、生き生きしている。みんなと仲良くできる協調性ばかりが求められる中で、我が道を行くというのは、勇気がいるが、最後に笑うのは、これという好きな道を行く人かもしれない。

(2008年6月)