スタッフエッセイ 2008年5月

「女神スケール」を使ってのワーク

前村よう子

 非常勤講師を始めて今年で14年目。様々な学校(私立高校や専門学校)で教壇に立ってきた。担当教科も、「政治経済」「現代社会」「倫理」「日本史」「社会学」「心理学」といろいろあったが、変わることなくどこの学校でも毎年続けている授業がある。「女神スケール」を使ってのワークだ。

 ユング派の精神分析家であるジーン・シノダ・ボーレン氏により執筆された『女はみんな女神』(当研究所所長の村本が、つれあいの村本詔司氏と共訳している)を元に作成されたもので、当初の頃から研究所でグループワーク等に用いてきたものだ。これを学生向けにアレンジして、2〜3コマ分の授業時間を使って実施している。

 特に高校生の場合、卒業後の進路選択や日々の人間関係で悩んでいる時期でもあるので、自分の内面に問いかけるきっかけになればと、実施してきた。おおむね好評で、このワークを実施した後は、「倫理」や「現代社会」等は授業の中身にも直結しているので説明しやすくなるし、授業と直結していない科目でも、生徒たちは前向きに授業に取り組むようになる。また、授業を離れての相談もしやすい空気が生まれるようだ。

 今年、私は「倫理」「政治経済」「現代社会」の3科目を担当している。先週後半からまず「倫理」のクラスで「女神スケール」を使ったワークを始めた。ところが今年は、例年にない現象が起こった。

 元々『女はみんな女神』は専門書なので、使われている言葉は結構難しい。それを少しかみ砕いた「女神スケール」を生徒には使っているのだが、今年はこんな声があちこちから挙がったのだ。「せんせー、これ、何ていう字?読めへんし〜」「えー、意味わからん、何のことを言うてるん?」と。

 ん?そんなに難しい言い回しだったかな?と見てみると「誰かの右腕になろうとする」「毅然とした態度で」「左右されることなく」・・・等々の箇所で生徒たちはつまづいていたようだ。漢字については、国語の授業や漢字検定試験で一生懸命学んでいるし、慣用句についても学んできたはずだが、授業で習うそれと実際の生活がクロスしていないようなのだ。あれはあれ、これはこれ、授業は授業、生活は生活と分けてしまっている。普段、生徒たちが使う表現は「べつに〜」「うざい」「むずい」「ありえへんし」「ばり、むかつく」等。国語の授業で習ってきたような表現を、子どもたちは日々の会話の中ではなかなか用いることがない。「この女神スケールに書いてある文章って、古典の授業みたい!死語ばっかやし」なのだそうだ。

 普段なら5〜10分でチェックできる「女神スケール」に、各クラス20分以上の時間を費やすこととなった。国語科の授業でもないので、生徒たちの語彙力、読解力を云々するよりも、手っ取り早く、わかりやすく噛み砕いた表現に「女神スケール」の文章を変更した方が良いのかもしれないなと個人的に感じた次第だ。でも、そうすることが本当にいいのかなというジレンマも感じる。

 テレビのバラエティ番組でも、国語や算数等を元にした基本的な問題でつまづいてしまう「おばかさん」を売り物にしたタレントがもてはやされている。その中の3人組の男性たちが歌う「羞恥心」という曲などは月間売り上げ1位なのだという。

 そのタレントたちが登場するクイズ番組を見ている娘が「おばかさんって言われてるけど、私らもこんな問題が出たら答えられへんっていうのがたくさんあるよ。大学の同級生もおんなじことを言ってるし」と。

 子どもたちの読解力、語彙力低下を招いたのは私たち大人。私たちの責任は大きいとしみじみ感じる今日この頃だ。

(2008年5月)