スタッフエッセイ 2008年3月

桜と祈り

渡邉佳代

 この時期になると、毎年、桜のことについてエッセイに書いているように思っていたが、改めて今までのバックナンバーを読み返してみると、そうでもない。でも、この時期に桜の開花を意識するのは確かだ。なぜ、こんなにも桜を題材に取り上げられることが多いのだろう。あの淡いピンク色、どっと押し寄せるような花吹雪、はかなく散るさま、それらを見ていると、デジャヴのような感覚に包まれる。この時期特有の記憶が、桜を通してその人の心象風景を映し出し、それぞれが桜に思いや感情を重ねるからだろうか。

 昨年のエッセイで、実家の桜の木のことを取り上げた。この1年は、振り返ってみても、思いもよらないことがたくさんあった。そのひとつが、昨年末に母が突然発病し、今も入院生活を続けていることである。私はこの職種を志してから自分の課題に気づき、時間をかけて取り組んできたつもりだ。そのひとつに母との関係があるのだが、昨年のエッセイを書いた後、私の誕生日に電話をかけてきた母に「生んでくれてありがとう」と言え、母も「生まれてくれてありがとう」と言ってくれた。そんな矢先の発病だった。人生って、進めてみないと、何が起こるか分からない。

 実家はちゃきちゃきと働く母を要としていたので、正月に帰省した時、母のいない実家は人の家のように感じた。帰省している間は、毎日、病院に行っては母を精一杯励ました。後ろ髪を引かれつつも、互いに今いる場所で、何がしかできることを精一杯すると約束して、京都に戻る。母も心細く、私にそばにいてほしいと思っていることは言葉にしなくても痛いほど分かるし、親戚や家族からも「この機会にこっちに戻ってきたら?」と言われた。でも、私には私に、母には母に、それぞれの今いる場所でやることがある。互いに違う人生なのだから。

 そう思っての帰京だったが、帰京してからも何人かの人に「お母さんのそばにいてあげなくていいの?」と心配されると、次第に自分が選択したことは、ただの意固地なのか、自分勝手なのかと思えてくる。せめて、遠くにいるなりに母を支えようと、昨年の桜のエッセイを思い出して、「もうすぐお母さんと私の桜が咲くよ」と手紙に書き、10年前に母が上京した際に一緒に買った自分のお守りを同封した。ありったけの思いを込めたつもりだった。

 母からの返事は意外なものだった。「あれは、お母さんとあなたの木じゃない。あなたの木だ」と叱られ、同封したお守りは「これは、あなた自身のお守りです。ちゃんと自分で持っていなさい。お母さんは、一緒に買った自分自身のお守りがあります」と返送された。言い合いでもケンカでもなく、母に叱られるのなんて、いつぶりだろう。きっちりと互いが互いの人生を歩めるように、線を引かれてしまった。ホッとしたのが半分、寂しくもあったが、それが1人の人間として当然の、自分の人生を自分で引き受け、生きていくということなのだろう。

 桜の木は、大地や空、風とつながり、生の恵みを受けるが誰のものでもない。誰に頼まれたわけでもなく、自分自身が生きるために厳しい冬にじっと力を溜め、毎年春には花を咲かせる。しっかりと大地に根を張り、天を仰ぎ、風に吹かれる。そうした生の循環の中で、精一杯、自分の生を生きる。きっと人も同じなのだと思う。母からどんな形であれ受けたもの、残念ながら受けられなかったもの、だからこそ他所から受けられたもの、自分なりに知恵を絞り、工夫し、築き上げてきたもの。それらは互いにつながって今の私となり、私からも誰かに何がしかを受け渡しているのかもしれない。

 「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」

 ある映画のキャッチフレーズである、私の好きな言葉だ。今年は桜に何を見るだろう?少し怖い気もするが、それが過去への追憶だけではなく、未来へと広がるものであるだろう。「時間とは記憶のことだ」と聞いたことがあるが、記憶は過去に閉じ込めるものではなく、今を、そして未来を作っていくのだから。

(2008年3月)