スタッフエッセイ 2007年12月

サンタさんへのお願い

おだゆうこ

 この時期にエッセイの担当が回ってきたということは・・・やっぱり“サンタクロース”のお話でしょう!とおもいつつ、ここ数日クリスマスにまつわること、そして私の中のサンタクロースについて思いを巡らせていた。頭の中では、槇原敬之の「“クリスチャンでもないのに”そう思っていたけどクリスマスは優しいきもちになるための日だね」・・・のフレーズを口づさみながら。

 クリスマスが一般的にはどんなものなのかよくわからないけれど、私の中でのクリスマスは、考えただけでワクワクするような何かいいことがあるような、いつもとは次元の違う特別な日のように感じるのだ。それは何十年たった今でも変わらない感覚だ。もちろん29回もクリスマスを迎えれば、家族と過ごしたり、パートナーと過ごしたこともあるが、一人ぼっちで過ごしたこともある。でも、どうやら私の中のワクワクするような特別な感じは誰とどこで過ごすからということからきているものではないようだ(もちろん、大切な人と過ごせることがベストだけれど!)。
 “私にとってのクリスマスとは何なんだろう?”“私がサンタクロースにこだわるのはどうしてだろう?”と、この機会に少しまともに考えてみた。幼い頃からクリスマスは、ツリーを出したり、ケーキが食べれたりする楽しみな日ではあったが、何より特別なのは翌朝目がさめると必ず枕元においてあるプレゼントだ。プレゼントの中身が・・というよりは、「今年も来てくれたんだ!」という証しを見つける歓喜の朝を迎えることが楽しみだった。
それは、言葉にするとたぶん・・・「親だとか身近な人以外の存在が、私のことを好意的に見守ってくれているんだという優しさに包まれる感覚」といった感じになるかな。もっというなら、人を超えた大きな存在に見守られているような・・・幼い頃は星や虹やそうした不思議な自然の力が身近にあって、そうした大きなものとなんとなく繋がっている安心感があった。クリスマスは、そうした存在がサンタとして私のところにやってくる、つまり、自分をちゃんと見守ってくれているんだと実感できる特別な日なんだと思う。

 今思い出しても、サンタさんを信じ切っていた時期、疑い始めたが再び信じた時期、サンタさんの正体を知ってしまったショッキングな時期、それでも信じたいと何とか夢をつないで信じようとした時期、そしてサンタさんの存在が自分の中に根付いていることに気づいた今・・・様々なエピソードとともに自分の中での変遷があるが、一周回って幼い頃に戻ってきた気がする。そして、どれを思い出しても心が暖かくなる。
 私が初めて出会った、初代サンタクロースは父だったが、その後もサンタクロースは私のところにやってきてくれた、母だったり、姉だったり、恋人だったり、夫だったり・・・私にとってのクリスマスは、一言で言うなら「幼い頃の優しさに包まれる日」。
 それは、自分の周りに大切な人がいること、そして人を超えた大きな存在を身近に感じられるようになったのも、そうした人たちがいたからだと暖かな優しさに包まれる特別な日なのだ。

 自分も親になった今、子どもに贈りたいものは、そうした暖もり(温もり)だとおもう。
 だから、サンタさん今年からは私のところと、娘のところに毎年忘れずに来てね☆

(2007年12月)