スタッフエッセイ 2007年12月

順のくぶし

くぼたようこ

 家の近くで、高齢の女性に「○○中学はどっちですか」と声をかけられた。私も引っ越してきたので、この辺りの地理にまだ詳しくはないが、少なくとも近くの学校ではない。道に迷っているようだ。家族に電話しようかと尋ねたが、一人暮らしだと言う。住所を聞いて地図で探し、車で送っていくことにした。
 道すがら、行き慣れた眼科に来たのだが、病院が混んでいたため遅くなってしまい、暗くなって道が分からなくなったのだと彼女は言う。彼女の自宅のかなり近くまで来てもそれと分からなかったから、彼女の見当識には問題が生じ始めているのだろう。
 やっと分かる場所までくるとほっとした顔になって、何度もすみませんと頭を下げて帰っていく彼女の後ろ姿を見送っていると、なんだかせつない気持ちがわいてきた。すまないってこと何一つない、堂々と助けてもらったらいい・・・そんなことを感じていた。

 帰り道、車を走らせながら、10代の終わり頃、北海道を旅したことを思い出していた。当時運転が出来なかった私は、旅先で知り合った人に、車であちこちに連れて行ってもらったり、ヒッチハイクをしては見知らぬ人に次の目的地まで運んでもらったりした。通りすがりの私に、たくさんの人が親切にしてくれた。
  今の私は、こうして誰かを車に乗せて送っていくことができる。そして年をとれば、彼女のように見知らぬ誰かに送ってもらうことがきっとある。
 車のことは、小さな例にすぎない。
 
 山梨県に「順のくぶし」という民間伝承があるのだそうだ。子どもが親に恩返しをしようと申し出ると、親は、「順のくぶし」だから親にもらった恩を子どもに返しなさいというのだ。親からもらった恩を親に返すと恩返しの循環がそこで終わってしまうが、子どもに返すと、その子がまた子どもに返し、循環はつながっていく。
 「順のくぶし」の考えを広げると、それは親子関係だけに留まらない。周りの人からもらった恩を、くれた人に留まらず、必要としている人に返していく。もらった人がまた、必要としている人に返していくことで、循環をつないでいく。
 
 子どもの頃、自分にできることが少なかった頃は、身近な人、見知らぬ人、たくさんの人に助けてもらってきた。もちろん、今だってたくさんの人に支えられている自分がある。
 だけど、今の私は、人生において一番、恩返しができる時なのかもしれないと思う。たくさんの人からもらった優しさを、くれた人に留まらず、身近な人に留まらず、社会に返していけるのは、健康で幸せに暮らしている今なのかもしれない。
 そうして、また助けてもらう時がくる。たくさんもらってきた私は、また助けてもらうときがくるまでに、どれだけ返していくことができるだろうか。

 そんなことを考えさせてくれた彼女に、きっと私はまたもらったんだよね。

(2007年12月)