スタッフエッセイ 2007年8月

ピアノのこと

村本邦子

 ピアノを始めて、かれこれ14年。久しぶりにピアノに情熱を燃やしている。子どもの頃、ピアノに憧れたが、家にはオルガンしかなく、それでも無理言って習わせてもらって、バイエルだけは終えた。音楽好きの夫が、一緒になりあっての頃、なぜだったか、ピアノを買ってくれた。安いピアノを探したので、船で運ばれてきたという旧ソ連のピアノで、茶色の木目のクラシックなデザイン。音の響きは悪く、お店の人によれば、ソ連の天才ピアニストたちは、少年時代、こういうピアノで指を鍛えて、しっかりと音を出すようになるのだという。嘘っぽい話だが、でも、音色は悪くない。以後、夫とともに、このピアノと20年近く生きてきたことになる。

 ピアノを得て、いったん習い始めたけど、数ヶ月もしないうちに妊娠で断念した。楽譜を買って、自分でぼちぼち弾いていたが、自分でやってもなかなか上達しない。「ちゃんと習いたいな〜」と思っているうちに、子どもの通う幼稚園にピアノ教室があることを知った。まず、息子に、「ね〜、一緒にピアノ習わない?」と誘ってみたが、「習わない!」と断られた。次に、娘が3歳になるまで待って、「ね〜、一緒にピアノ習わない?」と誘ってみたら、「いいよ〜」と言ってくれた。やった!「じゃあ、ぼくも!」ということで、親子3人、レッスンを受け始めた。

 1年目の発表会は、「もしもしかめよ」の三手連弾。毎年、バージョンアップして、二台で「となりのトトロ・メドレー」をやったり、「スターウォーズ」やクラシックの本格的な楽譜にチャレンジもするようになった。と言っても、熱心に練習していたのは私だけで、子どもたちは、とりあえず、週に1回通うだけだったのだけど。中学を卒業して、息子が「もうやめるわ〜」と言ったときも残念だったけど、同じく中学を卒業して、娘が「もうやめるわ〜」と言ったときは無念だった。娘には、「お母さん、ほんまは、うちにやめて欲しくないんやろ」と見抜かれた。「お母さんの気持ちは残念だけど、○ちゃんの人生だから、気にしてくれなくていいよ」。以後、連弾のお楽しみを失った。

 子どもが小さい頃は、必ず、夕方には家に帰っていたので、夕飯まで練習する時間があったが、子どもも成長し、晩も仕事ができるようになって、めっきり練習する時間がなくなったこともある。とりあえず、月1回のレッスンは続けてきたが、以前のような情熱は失っていた。

 ところがである。縁あって、連弾のパートナーが見つかった。レベルが違うので、パートナーというにはおこがましいが、秋のミニコンサートを目標に、練習を始めた。これが楽しくて、楽しくて仕方ない。いったん一緒に弾き始めると、時間を忘れ、我を忘れてしまう。う〜ん、この感覚。なんて素敵なんだろう!忙しくてなかなか練習できないので、この頃は、夜、本社近くのレンタルルームを借りて弾いている(うちはマンション、夜は弾けない)。久しぶりに家のピアノで弾いてたら、娘が、「お母さん、いい音でるようになってるよ」と褒めてくれた。周囲におだてられて、ますます張り切っている私である。これからも、毎年やれたら嬉しいかも・・・。

(2007年8月)