スタッフエッセイ 2007年7月

夏祭り

安田裕子

 夏のこの時期、花火大会、盆踊りなど、規模は大小様々に祭りが各地で催される。そして、祭りに欠かせないのは、やはり屋台。綿菓子、りんご飴、焼きそば、たこ焼き、たいやき、金去すくい、ヨーヨーつりなどなど…。いつくになっても、屋台が軒を連ねているところを、ブラブラ歩くのは、なんだかとても楽しいものである。

 幼い頃に住んでいた地域では、毎年決まった日、8月の第◇土曜日に、スーパー前の広場で夏祭りが催された。夜店が出されるのである。日が傾き、沈みつつある頃から、徐々に準備が開始される。まずは、色とりどりの電球を等間隔で連ねた電線が、植え込みの木や電柱を渡すようにしてセットされる。そしての夕刻になると、開催時間が近づくにつれ、広場に屋台がたち始めた。

 私は、毎年、この祭りをとても楽しみにしていた。昼を過ぎると、いてもたってもいられなくなり、準備され始める様子を何度も見に行ったりした。様子をうかがいに行っては、すぐにUターンして戻り、「まだ準備が始まっていなかったよ…」と、残念そうに母に報告。雨が降りそうなあやしい天候だと、準備がなされていないこと自体、祭りが開催されないことのしるしなのである。ヤキモキやきもき。「う〜ん、お祭りがなかったらどうしよう…。」私にとって、とても大切な祭りだった。

 祭りに向かう時間が刻々と迫る時間帯になると、晩ご飯を食べる時間も惜しかった。母がいつもより早目に準備してくれた晩ご飯を、はやる気持ちに浮き足立ちながら、一秒でも早く食べ終わろうと、ひたすらむしゃむしゃ。そして、お祭り用の特別の小遣い500円を大事に握りしめて、近所に住む友達と一緒に、夜店が並ぶ広場へと、駆け出すように向かった。

 「とうとう来たよっ〜!」。ついに、祭りの広場に到着。瞳は爛々と輝き、胸はドキドキワクワク。キョロキョロしながら、あちこちをウロウロうろうろ。今思えば、広さも限られていて、屋台がそれほどたくさん並んでいたわけではなかった。それでも、子どもの心には、祭りの雰囲気は、何とも言えずウキウキするものだった。

 どれにしようかなぁと迷いながらも、私が夜店で買うものは、ほぼ定番。ひとつはラムネ。炭酸飲料は骨がもろくなるからと、普段から全くといっていいほど飲んでいなかったが、この日だけは特別である。びんの口をふさいでいるビー玉のようなものをポンッと下に落とす。シュワーッと広がる炭酸が、痛いような心地よいような。次は綿菓子。地域の祭りで、おそらく有志を募ってやっていたのだろう。綿菓子の屋台に行きつくと、なんと友達のお母さんが、綿菓子屋さんになっていた。うわぁお。「なんでおばちゃんが綿菓子をつくってるの?」という驚きと、「綿菓子がつくれるなんてすごい〜」いう憧れと。「私もいつか、綿菓子のつくれる人になりたいなぁ」と、子ども心に強く思ったことが、なんだかとても懐かしい。

 使えるお金は500円。焼きそばだとかたこ焼きだとかは、自分では絶対に買うことができない高嶺の花だった。が、それはそれでよかった。「いいな、美味しそうだな〜♪」と思いながら、ウロウロすること自体が楽しかったのだろう。後で、「なんとなく様子を見に来たよ〜」というそぶりでやってきた親と、夜店会場で不意に出会うのが、また楽しかった。その時、絶対に自分では買えない代物である焼きそばなんかを買ってもらうこともあり、「すごい〜!」と、特別な気持ちになった。嬉しかった。

 祭りは、夜の9時〜10時ぐらいの間になんとなく終わっていくような感じで、そうした雰囲気とともに自然と家路に着くことになる。こんなに夜遅くまで外で遊ぶのは、なかなかない体験。祭りの後の独特なもの寂しさを感じつつも、「あぁ、楽しかったな〜」と、嬉しさと満足感でいっぱいの気持ちで家にたどり着いたことを、よく覚えている。

 楽しいな、嬉しいなと、純粋に思い感じたひとつひとつの経験は、いくつになっても、とても貴重なものだと思う。子ども心に、とても楽しみだった地域の夏祭り。軒を連ねる夜店の花道をくぐり抜けながら思い出される、幼い頃の心躍る思い出は、大人になった今、大切な記憶のひとこまとなっている。

(2007年7月)