スタッフエッセイ 2007年7月

場の持つ力

渡邉佳代

 先日、ある診療所にお邪魔させていただいた時のことである。その診療所は、坂道を登って、青々とした緑の茂る森のような山の入り口にあった。手作りの木製の看板が脇にある玄関のドアを開けると、先生が温かく迎えてくださった。

 玄関を入ってすぐに目に入るのが、待合室の大きな木製のテーブルと椅子、ふんわりしたピンク色のクッション、柔らかい色合いのカーテン。テーブルの上には、何冊ものノート。パラパラとノートを捲ると、たくさんのクライエントさんのメッセージが思い思いに綴られ、ノートの中での温かなやりとりも見られた。壁には、色とりどりの刺繍がされたタペストリーや、伸び伸びとした大きな文字で書かれた掛け軸。

 ほんわかした待合室の雰囲気に、ここの先生のお人柄がよく表れているなと思い、ボーッとして壁のタペストリーを眺めていると、「素敵でしょう。ここのタペストリーや掛け軸は、クライエントさんやご近所の方々が、ここに来てくださる人が、ほっこり安らげるように飾ってくださいって、くださったものなの。だから、たくさんの人の思いが込められた診療所なの」と先生がニコニコとして教えてくださった。

 そうか、先生の雰囲気だけではなく、色んな人の思いが込められている場所だから、柔らかい感じがするんだと納得した。すると、先生は続けて、「ここでの1日の始まりは、窓をすっかり開けるの。するとね、山から風がふっと入ってきて、身も心もしゃんとして、私もこれからクライエントさんとお会いする準備ができるの。ほら、スクールカウンセラーなんかで、学校の校門をくぐるでしょう。すると、用務員の方が花壇の手入れをしてくださっていたり、玄関に立つとふっと風の通り道を感じたりすると、あぁ、場の持つ力に守られているなって感じるの。ここもね、朝、窓を開けて、ひとつひとつ丁寧に椅子やテーブルを拭くの。丁寧に思いを込めていると、物にも魂が宿るというか、守ってくれるのね」と、あまりにほんわかとおっしゃるので、私もふんふんと聞き入ってしまった。

 たくさんの人の思いが丁寧に込められた場の持つ力に守られる。なるほどな。私は京都が好きで、学生時代から住んでいるが、何度も京都を離れる機会があったのに、未だにこうして好んで住み続けている。何でこんなにも京都という場所に惹かれ続けるのだろうと常々思っていたが、これまた先日、知り合いのフォトグラファーである、Christian Ortonさんの『川の瞬間』展に行って、何となく分かったような気がした。彼は京都の鴨川を撮り続け、その作品展の彼自身の紹介文には、次のようにあった。

〈川は町を流れます。それは活々と体内を巡る動脈に似ています。それはまさに、万物が相互に作用するための場所なのです…(中略)…終には、川は町そのものであると同時に、町を出る経路となります。上流を見上げると、そこには町を抱く山があり、下流を見ればその視界のはるか向こうには海が広がっているのです〉

 そうか、鴨川は京都の風の通り道なんだ。もし、盆地であるこの地に鴨川が南北に通っていなかったら、随分と息苦しいだろうと思う。私は京都独特の町家や寺社仏閣が建ち並ぶ風景、古い歴史も好きだが、京都にはまた違った側面も併せ持つ。京都は古くから続く「学生の街」である。市内には数多くの大学がひしめき、毎年出入りする学生たちのエネルギーも、この街の流れを大きく作っているように思う。それはかつて、60年代後半から80年代にかけて、ロック喫茶やライブハウス拾得、磔磔などが立ち上げられた原動力にもなっている。

 川と山、古い歴史と建物、音楽と人との出会い、京都の磁場に惹かれて集まる人たちの様々な思いとエネルギー、そうしたものに私は惹かれ、守られてきたのだと思う。それから私は、丁寧に思いが込められた場の持つ力を意識するようになった。私は主に、京都支所に出勤することが多いが、支所に着くと、まず玄関やベランダの花々に水をやり、靴箱のスリッパを揃える。支所は花々が育つ環境に適さないのか、今までも四苦八苦して世話をしてきた。それでも、花々に水をやる時、「どうか、ここに来てくださる方々、FLCスタッフの皆を守ってね。一緒にやっていこうね」と思いを込めるようになった。

 こころなしか、今年はグリーンや花々が頑張っているような気がする。思いに応えてくれているのかな。もしかすると、花々も支所という場に守られて根を張り始め、支所も近くを流れる鴨川のエネルギーから守られているのかもしれない。

(2007年7月)