スタッフエッセイ 2007年6月

生老病死〜病院臨床に関わりはじめて

西 順子

ご縁があって、今年の4月から病院で週一回、非常勤の心理士として勤務することになった。総合病院だが、婦人科と小児科の所属のため、女性や子どもの相談、カウンセリングが主な仕事となる。これまで、女性ライフサイクル研究所を中心に、女性センターや学校でのカウンセラーも経験してきたが、主に女性や子どもの問題に関わってきたので、病院臨床でもこれまでの経験を活かしていけるだろうと思っていた。しかし、これまでの経験を活かせるところと、新たに勉強していかなければならないことがたくさんあることを日々痛感しているところである。もちろん、臨床の現場によって、どんな方々が来られるか、何が求められているか、それぞれの場での特徴はあると思う。それぞれの場に応じて、新たな学習が必要であるし、経験を積んでいくことも必要である。病院臨床でも、新たな学習が必要なことはもちろんだが、またこれまでとは違った体験をさせてもらっているな・・と感じることがある。

まだ勤めて3ヶ月もたたないが、病院では、やはり「生と死」について、「命」について、漠然とではあるが考えさせられることに気づく。生きる喜びと、死の悲しみが隣り合わせに感じることもある。生きる喜び、病気の苦しみ、死の悲しみを前にして、自分には何ができるだろうかと問いかける。今の私にできることは、そこに寄り添うこと・・それしかできない、できないのではないか。寄り添うことしかできないが、そこに、共にいさせてもらえるなら・・という気持ちで、お話を聞かせていただいている。

「命」をありのまま受け入れることは難しいことだと改めて感じる。「命」には、生も、老いも、病も、死も含まれることに気づく。「命」を受け入れるとはどういうことなのだろうかと問いかける。老いも、病も、死もあるものとしての「命」を受け入れるには、スピリチュアルなものが必要といえるだろうか。スピリチュアルとは、人間の力を超えたものに対する畏敬の念、己を超えたものとのつながりを実感することなどである。

今の私にできることは、ありのままの「命」を受け入れることに伴う苦しみ、痛みに寄り添うこと。そして、苦しみ、痛みを超えて生きていく人間の可能性も感じていたい。

(2007年6月)