スタッフエッセイ 2007年5月

音楽

長川歩美

 今の仕事に就くまで、私の専門分野は音楽だった。幼い頃からピアノを習ってはいたものの、「本当は音楽をわかっていないのでは?」というコンプレックスが、私にはずっとあった。

 思いかえしてみると私の周りには音楽好きな人が大勢いた。自分の好きな音楽のテープを編集してくれる友人たち―メジャーなものからかなりオタクなものまで、いろいろなジャンルがあった。覚えた歌をギターを弾きながら口伝えで教えてくれた歌の上手いYちゃん。いろんなバンドでお世話になった人たち。私の中の音楽の蓄積はひとえにこれら音楽好きの人たちのおかげである。

 音楽分野にすぐれた人には演奏や歌が上手い人、いい音楽を選んだり見つけたりするセンスのある人、音楽の聴き方が豊かな人などがいるが、私はといえばせいぜい教えられ上手というところだろう。私に音楽を教えてくれる人たちはみなそのこと自体を楽しんでいた。

 家では母と兄らが音楽好きで、それぞれ好きなアーティストやジャンルがあって、私は兄の部屋から流れてくるステレオの音でフォークやロックを知り、台所の母の歌声で映画音楽やポップスを知っていった。イーグルスのホテルカリフォルニア、ゴダイゴのガンダーラ、ケセラ・セラ・・など、今も大好きで聴くと胸がきゅんとする曲がある。懐かしいなぁ。

 ・・というように、ものぐさな私は自分で音楽を「選ぶ」とか「ものすごく好きになる」ということがなかった。それに、音楽を聴くのは嫌いではなかったが、音楽に感動するとか鳥肌が立つという体験をしたことも20歳を超えるまでなかった。音楽の勉強をしていながら「音楽に夢中になれるとか感動できるっていいなぁ!」と人を羨んでいたなんて、今だから言えることだ。

 ピアノの練習といえば、演奏家の名演奏をできるだけ模倣することからやっていた。演奏家のレコードにあわせて練習したり、なんども同じ所を弾いてみたり。そうしていると、不思議と閉鎖的な自分の世界に入っていき、レコードの名演奏につられて自分なりの音楽の流れが出来上がってくる。「おお、なんとなくいけてる感じ!」。今から思うと受動的で他力本願だなぁと思う。模倣していた演奏のイメージが薄れてくると、自分の演奏の流れが止まってしまうように感じることがよくあった。だんだん自分の演奏がツクリモノのように思えていった。自分の血が通っていないというか、放っておいたら止まってしまうような感じをもって、いつのまにかピアノはやめて一切弾かなくなってしまった。

 初めて音楽で感動したのは20代になってからで、軽音楽のサークルの先輩がコミックバンドで歌ったクリスタルキングの「大都会」だった。面白おかしい格好をしてふざけた様子で歌っているのだが、山下達郎のような声で抜群の歌唱力、上手いだけでなく胸に沁みる歌を歌う人だった。・・が、「これが音楽の初感動体験だなんて、あんまりだ!」と友人に訴えた覚えがある(笑)。

 その後も長いこと「わたしの音楽はほうっておいたら流れが止まってしまう?」という、よくわからないコンプレックスはつづいていて、学生時代にピアノを教えていただいていた、髭のしぶい燻し銀先生に相談したことがあった。先生は「そんなことないよ、あなたにはあなたのリズムがちゃんとある。心臓、動いてるでしょ?」と言ってくださった。が、若かった私は(なんのこっちゃ・・心臓?)ともったいなくも失礼な反応だった。その時の私にはぴんと来ていなかった。

 それから何年かたって、作家の田辺聖子さんと漫画家の槇村さとるさんが、どんな風に仕事をされるかが書かれたエッセイを読む機会があった。作家の方なので、さぞ不規則な昼夜逆転の生活をされているかと思いきや、田辺聖子さんの仕事時間はなんと9時―17時。槇村さとるさんは10時に仕事を始めて、途中充実した食事タイムがありつつ、決まって23時にはお風呂、就寝なのだそう。遅くまで書く、とか徹夜をすることはないという。お二人の作品が好きなわたしは、「やるときにはとことん、やらないときにはやらない」という自分の不規則な仕事の仕方、自分の生活リズムというものを考え直すようになった。

 お二人のエッセイを読んで、「あなたにはあなたのリズムがちゃんとある。心臓、動いてるでしょ?」という燻し銀先生の言葉を思い出した。(生活リズム、心臓の鼓動、呼吸・・確かに全部わたしのリズムなんだなぁ。死ぬまで止まることがないんだから。ふうん。そうか。)腑に落ちた感じがした。

 1年半ほど前に、15年ぶりにピアノを再開した。今度は模倣でなくて、拙くてもへたくそでも、自分の中から出てくる音楽を弾きたい、と思って始めた。気付いたのが、部分練習するときに自分が息を止めているということ。長いフレーズを弾く時にも、呼吸がなだらかに規則的ではない、無くなったら吸うという感じだということ。

 呼吸を意識しつつ、ゆっくりゆっくり始めるピアノは、へたくそだが楽しい。自分の音だと実感するし、ピアノの音でそのときの自分の状態がわかったりする。硬かったり、眠たそうだったり、弾んでいたり。なかなか上手くはならないのに弾いていてうれしくなる。こんな風に弾いていって、何10年か後おばあちゃんになったころに、自分なりに味のある音でピアノが弾けていたらいいなと思う。楽しみだ。

(2007年5月)