スタッフエッセイ 2007年4月

光のかもしだす季節の記憶と桜の魔法

渡邉佳代

 昨年は記録的な暖冬と言われたが、やはり冬は冬。長く厳しい季節だ。雪国で生まれ育った私は、幼い頃、春の訪れが待ち遠しくて仕方なかった。春の澄み切った大気に太陽の光の粒子がきらきら舞う庭に飛び出し、まだ雪が融けきらないじゅくじゅくした土を踏みしめて、私は春の草花を探した。それらは、ひっそりと誇らしげに硬くなった残り雪の陰にあった。長い冬を越えて毎年変わらずにそこにあるということ、それが幼い私の小さな幸せだった。

 それから年を重ね、四月は喜ばしいだけの季節ではなくなった。数年前のエッセイに、私は「春は出会いと別れの季節と言うが、不思議と別れの記憶がない」と書いた。その頃の私を今の私は、とても幼く、未熟で、それでも愛しいと感じる。たったの数年の間に、風が次第に柔らかくなり、春の湿った土の甘い匂いを乗せてやってくると、わけもなく胸がざわざわと騒ぎ出すようになった。変化の季節を、これからの自分に必要であろうという選択を、これからの出会いのための別れを、やむなく手放さざるを得ないものたちを、もう会えない人たちを、それらを思って苦しくなる。

 今年は、スクールカウンセラーとして行っている中学校二校ともに、とてもよくしてもらった先生たちとのつらい別れがあった。あまりにも私が悲しがるので慰められてしまい、「どっちがカウンセラーだか分からないね」とお互い笑い合った。もしかしたら、この数年は、つながりを感じられる場所と人に恵まれたから、こんなにも春の別れがつらかったのかもしれない。

 「変化を迎えつつある」という時期が一番つらい。それでも、桜のつぼみがほころび始める頃になると、それでもやっていこう!という心持ちになれるから不思議だ。幼い頃の光のかもしだす季節の記憶が自分のこころと体に刷り込まれているのだろうか、それとも桜の木が持つ不思議な魔法の力だろうか。今年の桜は咲き始めてから途中で花冷えがあったためか、いつもより長く楽しめた。その間、北白川の疎水、哲学の道、平野神社、御所、二条城、円山公園、鴨川、支所の隣の木屋町通り、通勤途中の沿線で、たくさんの桜を見た。

 ある晩、仕事が終わってから随分年の離れた友人と、ふとしたことから銀閣寺近くの哲学の道に向かった。冬に逆戻りしたかのような冷たい春雨に街灯や信号の赤や青、黄色の光が滲んで、薄桃色の桜の花々がひとつひとつ闇の中で輝いて見えた。桜は柔らかい色合いなのに、生命の力強さを感じさせる。私の好きなブーゲンビリアは原色でパッと光るような力強さがあるのだが、桜はじんわりと内側から輝くような、しなやかな強さがあるように感じる。普通の草花が芽から二葉へ、そして若葉になり、そこから花が出てくるのと違って、桜の花はダイレクトに枝から咲くために、「再生」のようなものを感じさせるのだろうか。

 そんなことを思っていると、ふとある話が頭に浮かんだ。中学の国語の教科書にあった「桜染め」の話だ。著者が薄桃色の桜染めに出会い、これは桜の花びらから染めたものだろうと思っていると、実は、春になる寸前の桜の木の皮を剥いで染めたものであったという話だ。桜は冬の厳しい寒さの中で、幹から枝いっぱいに薄桃色の樹液を作り出し、それらが花に色を付けるのだという。当時の私は、冬なんて黒い枝ばっかりの寂しい桜の木には目もくれなかったが、桜はちゃんと春に向けて力を溜め、体いっぱいに薄桃色になっているんだと知って衝撃的だった。私がこの話を口にすると、驚いたことに友人もその話を思い出していたようで、時や世代を経て、私と友人が大切に仕舞っていたささやかな記憶を桜がつないでくれたように感じた(十年も変わっていない教科書にも驚いたが)。

 春にはきっと、光のかもしだす過去の記憶だけではなく、桜の内側から押し出される力強い生命の営みにこころと体が呼応するのだろう。この桜の魔法は、固くこわばったこころをも柔らかく融かしてくれるのかもしれない。これまた以前に紹介した実家の桜の話。私が大学に合格した時、予備校から桜の苗木をもらった。桜の枝は雪の重みで折れやすいことや、手入れが大変なためだと推測しているのだけれども、私の故郷ではあまりあちこちで桜にお目にかかれるというわけではない。実家でも、いずれどこか適した場所に植え替えようと考えて、ひとまず植えられたところが、台所と洗濯物干し場から見える庭の隅だった。

 台所と物干し場に毎日立つ母は、その桜を見ては遠く離れて暮らしている娘を想っていたらしい。私もいい加減に親離れすればいいものを、そうした話を聞くと何とはなしに胸が痛んだ。そうこうしているうちに桜はぐんぐん大きくなり、「ひとまず」の庭の隅では、窮屈そうになってきた。いよいよ広い場所に植え替えることになり、植木屋さんに適した場所を相談すると、台所からも物干し場からも全く見えない、車庫を隔てて道路に面した場所がよいと言う。母は今まで桜を見ては娘を想ってきただけに、自分の目の届かないところなんて寂しい、きっと桜も同じように車庫の脇なんて寂しいだろうと心を痛めたようだ。

 悩む母を見て、植木屋さんが「道路に面しているから、きっとここら辺を通る人も桜を楽しめますよ」と母の背中を押してくれた。母は、娘も遠く離れた場所でいろんな人に支えられて生きているんだ、この桜も自分ひとりだけではなく、多くの人に見てもらえば幸せだろうと思えて、ようやく植え替えを決心したそうだ。母と娘の春の記憶は、この桜を通して柔らかくなり、これから二人のこころを温めていくことだろう。

 先日、幼馴染がその話を聞いて、その桜の写真をわざわざ送ってくれた。雪国特有の春になりきらないどんよりとした曇り空に、私の桜はにょきにょきと枝を伸ばし、ぽちぽちと小さくてかわいい花をつけていた。故郷の春も、もうそこまできている。思わず、もうちょっとだよ、と写真をなでた。

(2007年4月)