スタッフエッセイ 2007年3月

ネクラですけど、何か(笑)。

津村 薫

 講演を聴いてくださった方から、「津村さんのように、明るくはつらつとした性格になるにはどうしたらいいんでしょうか?」と聴かれたことが数度ある。実のところ、質問された私の方がかなり驚いた。正直なところ、私は決して明るくはつらつとした性格ではなく、どちらかというと“ネクラ”を自認している。Wikipediaによればネクラは、「何事にも悲観的になってしまう性質」と定義されている。わりとおっちょこちょいで単細胞で、ノーテンキな部分も持ち合わせている私は(それも問題かもしれんが、汗)、あらゆることに、そこまでいちいち落ち込むタイプではなく、その定義だと、ちょっと違う。

 ただ、「内向的か外向的か」という分類であれば間違いなく前者、というネクラだ。ネアカでないことは確かだし、何を隠そう、サブカルチャーに没頭する「おたく」と呼ばれる傾向があることも事実だ(とはいえアニメやゲームには全く関心がなく、専ら私の関心は大抵、テレビのバラエティ番組やドラマ、芸能にある)。これは社会的に「暗いことらしい」と認識しているため、自分は「ネクラ」だと感じているのかもしれない。とはいえ、これも中途半端なもので、世間様からどう言われようと徹底的に、というほどの没頭度でも極め方でもないので、「軽くその傾向がある」というレベルのものだと思う。

 私の日記やエッセイをお読みくださっている方はご存知くださっているようだが、休日に私が外出することは殆どない。近所への買い物すら出なくていいように、休日の献立は予め予定しておき、買い置きもチェックしておくという念の入れよう。あちこち飛び回るのは仕事だからであって、ついでに遊んでこようということは殆どなく、とんぼ返りがお約束だ。道中で小説を読みながらおやつを食べるのを何よりの楽しみにしている、というところでも、私の内向的な性格は出ていると思う。

 仕事に話を戻そう。私のアイデンティティとしては、「講師」というより「芸人」という方がしっくりくるし、講義はエンターテイメントという感覚がある。愉快に話を聴いてもらって、笑いながら「なんか元気出たなー」「私でもできそうやん」「いっちょやってみよか」と感じてもらえるというのが、私の講義のモットーだ。とにかく退屈せず、熱心に耳を傾けさせること、魅力的な話をして、参加者自身が自分の問題として考えることを目指す訳だ。

 これは「プレゼンテーションの精神」だと思う。「良い話だった」に終わらず、聴いた本人が何かやってみようと感じ、良い変化がもたらされるということが大切なのだから。講義中はまさに、私の芸が問われていると感じるし、相当に気合いが入っている。その芸人としてのスタンスが「明るい」、「はつらつとしている」「愉快な人」という評価につながっているのだろうか。

 依頼先の方から、「普段話しているのと、講演の最中とでは、人が変わられたみたいですね」というお言葉をいただくことが多い。ひとたびマイクを置くと、私は結構シャイでネクラで寂しがりやで人見知り(どこまでも暗いな、笑)な人間になる。テレビや舞台で人気のある芸人が、実はネクラだとか、プライベートは家にばかりいるとか、そんなに明るい人ではないと言われていることがあるが、心底共感する(笑)。

 そんな私が、人前で話し、あちこち移動する仕事に就いているのは笑えるが(笑)、これは必然なのかもしれない。こんな機会でもなければ、私はずっと閉じこもっているのだろう。私が社会とつながるきっかけを、仕事は月謝をくれながら、与えてくれているような気がする。感謝。

 しかも、私には他者の価値観に触れられる、開かれた良い空気も手に入るので、人生の風通しが悪くないと思う。外向的な人が私の周囲には結構おり、そこそこ外に開かれる魅力も教えてもらえる。また、配偶者は私のタイプに近いので、「出かけよう」「どっか行こう」と誘われることもなく、一緒にいる休日はふたりでのんびり在宅していて大満足。この夫婦の元で育ったひとり娘はなぜかとても外向的で、放っておいても外へ外へと向かっていくので、こちらも要らぬ罪悪感を抱かずに、見守ってやれる。私は、かなり恵まれたネクラなのだろう(笑)。

 結論としては、ネクラで何が悪いですか、という話だ(笑)。私に質問をしてきた方たちは、もしかして自分の内向的な性格が嫌なのかもしれない。どうにかして明るくはつらつとした積極的なタイプになりたいと憧れているのかもしれない。でも、キャラにないことはしても仕方がない、というのが私の結論だ。全面的に自分を変えようなどと思わないのがいいのかもしれない。

 この先もきっと、私はネクラのままだと思う。少しずつ少しずつ、他者との関係性の中で変化できたり、それなりに柔軟性のあるネクラだと思うが、今後もやっぱりネクラとして生きると思う。でも、それでいいじゃん。人間関係が上手になるトレーニングは必要だと思うけれど、下手でもちょっとずつうまくなればいいし、失敗を恐れずに取り組めばいい。でも、目標を「天才的に明るくはつらつとした人」に定めないことだと思う。あなたには私が、ものすごーく前向きな人間に映ったのかもしれないが、そんなことはないのだ。私やあなたと同じく、みんな結構、痛みや困難を抱えつつ、やってるものだと思うよ。きっと、魔法はない。

(2007年3月)