スタッフエッセイ 2006年8月

『お絵描き教室』の魔法使い先生

安田裕子

プラド美術館展に行ってきた。プラド美術館はスペインのマドリードにある世界有数の美術館である。スペインを代表する画家ゴヤの作品コレクションでは世界一。また、ベラスケス、エル・グレコなどのスペイン画家はもちろん、イタリア派の作品も多数あるという。大学の卒業旅行で行ったスペイン旅行でも、プラド美術館は絶対にはずせなかった。作品数は半端でない。全作品を堪能するまでじっくり観るには、時間も体力も足りないほど。大阪でプラド美術館展が開催されると知り、また行きたいなと思った。特に美術史に詳しいというわけではない。造形が深いわけでもない。ただひたすら観る。それが楽しい。

3歳の頃から中学校2年まで、私は近所の『お絵描き教室』に通っていた。幼い頃から絵が好きだった?いやいや、なんのことはない。私は随分人見知りをする子どもだったので、母親が、友達作りにと思って通わせたのである。それが結局、母の思惑は期待はずれに終わった。が、結果として、私は『お絵描き』が好きになった。

『お絵描き教室』の先生は、面白くて、ユーモアーのある、一風変わった、魔法使いのような先生だった。いつも、手作り風の個性的な衣装を身にまとっていた。色は渋い紫、厚めの生地でひだの多い、フラメンコ衣装を彷彿とさせるようなロングスカート。そして、おしりの位置からは、太めのフサフサしたしっぽがにょろり。「あのね…、先生ね…、しっぽが生えてるのよ〜っ」と、フサフサのしっぽをちらりと見せてはスカートの中にサッと隠す。子ども達は、面白がったり驚いたりたり。先生は先生で、そんな子ども達の表情を見るのがとても楽しそうだった。また、先生は、楽しい絵が描けたね、面白いものが創れたねと褒めては、手のひらサイズの金のカードをくれた。子どもがちょうど手に握ることのできる大きさである。ぎゅっと握って、すぐに、お絵描きバックの定位置に大切にしのばせる。大事な大事な宝物のようなカード。褒めてもらった証であり、持っているだけで誇らしくもあった。さらには、カードを10枚ためるとステキな品に替えてくれた。キーホルダーやシールなど、色んな品が沢山入っている宝箱の中から好きなものを選ぶことができる。どれにしようかな〜と迷っている時は、嬉しいような、楽しいような。ドキドキワクワク至福の時だった。

私もまた、描いた絵をよく褒めてもらった。親も調子に乗って(笑)、私の作品を額縁に入れて家の中に飾ってくれた。小学校3年生の終わり頃から、先生に薦められて油絵に転向。芸術家として厳しい先生でもあったが、しっかりしたアドバイスとやる気を刺激するようなる褒め言葉。そんな『お絵描き教室』での経験が、私を絵画好きにさせたのだと思う。先生は、子ども達を、あの手この手で楽しませ、やる気を引き上げ、夢や希望を与えてくれた。いっぱいの魔法をかけてくれた。

当時開催していた教室は、通う子どもの数が徐々に減り、随分前に閉鎖された。大学生の時、先生に連絡を取りたいと思い、がんばってみたが、結局先生の足跡を辿ることができなかった。ご主人を早くに亡くされ、お子さんもいなかった先生。ふと、今頃どうされているのかな、と思うことがある。プラド美術館の作品を鑑賞しながら、厳しくも愉快な先生のことを、また思い出した。

(2006年8月)