スタッフエッセイ 2006年7月

「あともう何年かで・・・」

前村よう子

 高校で「現代社会」「政治経済」を担当し始めて12年目になった。その分、自分自身も年を取ったのだが、年を重ねることがプラスになるのが自分の担当教科なのだなと最近、しみじみ感じるようになった。教科書に掲載されている内容、模試の問題になっている内容が、私たち世代の生きてきた道と重なるようになってきたからだ。「ん?オイルショック?そー言えば、ちり紙(我が家ではティッシュペーパーやトイレットペーパーではなく、あくまでも「ちり紙」だった)を買いに行かされたなぁ」「国鉄・専売公社民営化?せやせや、そんなこともあったわ」「労働三権・・・そーやったわ、中学や高校の頃、国鉄がストライキしてくれたら学校も休みになったなぁ」と、こういう記述に出会う度に当時の自分を思い返す。

 逆に、年を取るにつれ、どんどん縁がなくなっていく教科のことは忘却のかなたとなる。「数学」の公式、「化学」の化学式などは、チンプンカンプンだ。「英語」も、当研究所の所長をはじめとする多くのスタッフは、英語の論文や書籍もスラスラ読め、英会話もできるのだが、学生当時から苦手だった私は、恐ろしいスピードで単語を忘れきっている。中学の問題も解けるかどうか?かもしれない。
 さて、過去のことは通ってきた道を思い返すことで何とかなるが、問題は、これからも蓄え続けなければならない新しい知識である。どんどん覚えるスピードが遅くなっている。パソコン関係や自分の興味のあることでさえ、集中しなければ頭に入ってこない。人の名前と顔を覚えるスピードも遅くなった。子どもの持っている脳年齢を測るというゲームでは、まだ実年齢より若めという判定が出ていたが、自分自身の実感として、新しい知識については後退あるいは停滞しているなと感じる。
 あと数年で、「裁判員制度」が始まる。大阪府に住んでいると、他の地域より裁判員に選ばれる確率が高いと聞く。誰かを裁く場に参加せねばならず、しかもそれは、司法という新しい知識の場でもある。法律は、日々刻々と内容を変化させている。昔の知識も経験ももちろん大切であるが、それに加えて、新しい感覚と知識も求められる。年齢と共に退化するのは仕方がないが、少しでもそのスピードをゆるやかにすべく、脳に新しい知識という刺激を与え続けたいものだ。

(2006年7月)