スタッフエッセイ 2006年5月

マーガレット・マドレーヌ

おだゆうこ

最近月日の流れがとてもはやい。
サクラの咲く頃、新緑の侯、楽しみにしてきたGWもあっという間に走り去ってしまい、気がつけば、今週の日曜日は母の日だ!
今年のプレゼントは何にしよう・・・思い悩んでいるうちに、ふと、今まで母に贈ってきた「母の日のプレゼント」が想いおこされた。

初めて母の日のプレゼントを思いついたのは、確か・・・幼稚園の時。母の日の日曜日の朝、早起きをして母が起きるまでせっせとカーネーションの花の絵を描いていた記憶がある。
小学生の時には、ようやく作れるようになったマドレーヌをケーキ風にしようと、大きな型に流し込んで焼き上げ、母の好きな花、マーガレットを中学校の土手に危険を冒して(小学生の頃に中学校に忍び込むのは勇気のいることだった)摘みに行き、マドレーヌの上や周囲を飾った「マーガレット・マドレーヌ」だ!
当時の私にしてみれば、手作り+母の好きな花を一挙に贈れるという自分の想いと相手の好みをドッキングした画期的なプレゼントだった。
満足感と期待を胸に、まず、父親に見せたところ第一声が「この花洗ったのか?」だった。ガクンとカウンターパンチ。正直、良いアイデアが浮かんだことと喜んでくれるだろうという気持ちでいっぱいで、全くそんなこと思いつきもしなかったのだ。その指摘に「シマッタ!」と思いつつ子ども心に「何て夢のないことを言うのだろう・・・」と思ったが、結局、いつもは甘い物を全く食べない父親が一番沢山食べていた。
母も喜んでくれたが、私としても、今でも出来上がりの図をはっきりと思い起こすことができるほどのお気に入りの母の日プレゼントだ。
後は、複雑な心境で新たな学習をした母の日のプレゼントがある。母は白い花が大好きな人だったので、母の日の赤いカーネンションは好みではなく、生花を買うことはなかった。しかし、ある日のことお花屋さんで始めて白いカーネンションを見つけたのだ!その瞬間「やった!これだ!!」と心で叫んだ。しかもそのバケットは1つしかなく、掘り出し物を見つけた心境でほくほくしながら自宅に帰ったが、数日後、白いカーネンションの意味を知り、すっかり落ち込んでしまった。私は自宅に飾られている白いカーネンションを赤に変えるべく、絵の具を溶いた赤色の色水をせっせとあげてみたものの、白いカーネンションは白のままだった。。。そんな苦い想い出でも今となれば懐かしい。

ところで、我が家ではなぜか父親も母の日のプレゼントに参加していた。父親が率先して母の日のプレゼントを買って来て、子ども達がそれに便乗するということが度々あった。今思うと、「お父さんのお母さんはお母さんじゃないでしょ!」と突っ込みたくなるが、当時はそれが自然なことで、違和感を感じずに父親と共に母の日を祝っていた。

大人になると、プレゼントをもらう機会、誰かに何かを買ってもらうという立場にたつことが少なくなる。プレゼントを買う、買ってもらうという体験は、「大事に思ってくれている人があなたには居るのよ」という肯定的なメッセージも一緒に受け取ることであるように思う。だからやっぱり、肯定的なメッセージがもらえる機会というのは、いくつになっても大事にしていきたいと思う。

そして今年は、母の日のプレゼントを考えるにあたって、初めて、将来自分がもらう側になった時のことを想像したりした。そんなお年頃に私もなったんだなぁと笑いながらも、そうやって母から子へ子から母へと繋がっていく大きな流れ(世代間のつながりの糸)の中に自分が居るのだと感じられることを嬉しく思う。生かされて生きているということに感謝しながら・・・

さて、今年の母の日のプレゼントは何にしようかなぁ〜♪

(2006年5月)