スタッフエッセイ 2006年4月

青い鳥

前村よう子

 青い鳥・・・それは、まだ見ぬ幸せの象徴として物語に描かれている。その詳細は忘れてしまったが、私の中に残っている青い鳥のイメージは次のようなものだ。
 求めて止まぬ夢、未来への希望、手が届きそうな所にとまっていても、いざ手を伸ばしてみると、それを察知していたかのようにもっと遠くへ逃げてしまう。青い鳥・・・求めても望んでも手に入れることができない存在なのだと悟り、様々な思いと共に家に戻る。そして、それからの生活を慈しみつつ暮らす中で、ふと気付くのだ。なぁんだ、青い鳥は、すでに我が家にいるじゃないか・・・と。
 今月初め、高校生の娘と二人で「劇団 青い鳥」の芝居を楽しんだ。よほどのことが無い限り、関西公演には必ず娘と二人で行くようにしている。私たち二人とも「劇団 青い鳥」のファンであり、劇団所属の役者さんたちのファンでもある。そして娘は、その役者さんの一人である芹川藍さんの「小さなお友達」でもある。
 芹川藍さんとの出会いは、かつて吹田市の江坂にあった「ウーマンズスクール」で開催された2泊3日のワークショップだった。これは、「劇団 青い鳥」の皆さんで培ってこられた芝居の要素をいかしたもので、受講生に自分への気づきや人への気づきなど、様々な気づきが感じられるようなワークショップだった。この出会いをきっかけに、様々なインタビューをさせて頂いたり(当研究所発行の年報4号、7号に掲載)、当研究所主催で実施した母と子対象の一日ワークショップの講師をお願いしたりと、親しくさせて頂いた。
 当時まだ保育園に通っていた娘が、「ペコちゃん(芹川藍さんの愛称)の小さなお友達」を自称するようになったのもこの頃からだ。娘からすると彼女は、「大きな大人のお友達」だった。小さいなりに、大人向けのお芝居をニコニコしながら見て、分らない部分は分らないなりに一生懸命考え、その年齢なりの解釈をしてきたそうだ。あの頃から10年以上の年月が経った今、娘はもう「小さなお友達」ではなくなった。ペコちゃんの背丈を遙かに超え、「大きなお姉さん」になったからだ。
 それでも娘にとっては今もなおペコちゃんは「大人のお友達」。公演の後、楽屋でお会いするのを何日も前から楽しみにし、ニコニコ笑顔でお話しし、その日一日、幸せそうだった。

 青い鳥・・・それはほんとうに、私たちの身近にいるのかもしれないなぁと感じた春の一日だった。

(2006年4月)