スタッフエッセイ 2006年4月

桜の季節に想う

西 順子

 前回エッセイを書いたのが1月初め。あれから寒い冬が過ぎ、三寒四温を経て、ようやく4月、桜の季節になった。4月は、お正月とはまた違う趣きで、一年の節目を感じる時期である。この季節は、桜の開花と散りゆく桜に、ライフサイクルの変化を感じさせられる。命を感じる季節である。
 
 ライフサイクルは出会いと別れを繰り返す。人との出会いと別れ、そして自分との別れと出会いでもある。私のライフサイクルが中年期の真っ只中にあるせいか、一年、一年、年を経ることが貴重で大事だと、しみじみとしたものを感じる。だからこそ、桜にさまざまな想いを投影するのかもしれない。桜の開花に希望と喜びを感じ、散りゆく桜に悲しみ、寂しさを感じる。桜に、限りある生命への想いを投影して、また春が来ることへの喜びと、命のはかなさへの悲しみを感じる。
 今思えば、若い頃は「時」が永遠で無限にあるように感じていた。でも年を経ると、「時」の限界というか有限性をそれとなく感じる。だからこそ、今の「時」を大事に生きたいと思う。
 
 この一年は、安定した気持ちで仕事に集中できた年であった。それは、子どもが成長し、手が離れ、時間的な余裕ができたことが大きいかなと思う。子どもの成長を喜び、未来に向かう子ども達に眩しさを感じながら、どこか一抹の寂しさをふと感じる時もある。まだまだ心配なこと、見守ること、親としての関わりは必要だが、子育ての山場を過ぎたことをしみじみと感じる。     
 これからの人生の残された時間、人生後半をどう生きるのか。まず漠然と思うのは、臨床の仕事を通して、人の成長や人を育てることに関わっていけたらということ。人との関わりのなかで、自分自身を役立たせていけたらと思う。

 一方で、現実の生活では、内向的な想いとは正反対な方向に位置すると思われるエアロビクスに、時間を見つけてはせっせと通っている。
 どうしてエアロビクスにはまってしまったのか・・ふと考えると、思い出したのは、思春期の頃、ダンスに憧れていたこと。ダンスの躍動感、情熱的なところが好きだった。ダンスを見ると、胸がワクワクした。今ここにきて、思春期の頃に戻ったように、昔憧れていたこと、昔できなかったことを、ワクワクしながら楽しんでいる。エアロビはスポーツ的でもあり、自分への「挑戦」という感覚がもてるので(アドレナリンが出る感じ)、若々しいエネルギッシュな気持ちになれる。誰のためでもなく、ただ自己満足のために(健康のためという名目はあるが)時間を使うというのも、開放感があり、ストレスマネジメントにもなっている。

 中年期の喪失に伴うしみじみ感と、エネルギーの躍動感と、そのどちらも大事にしながら、この一年を過ごしていけたらと思う。

(2006年4月)