スタッフエッセイ 2006年3月

下戸です

津村 薫

 「ダメなんですか?じゃあ、一口だけでも」と言われてグラスに注がれるビールは、たいてい一口では飲めない量のものだ。一口といっても、あまりにみみっちい注ぎ方もできないのだろうから仕方ないのだが、1滴も飲めない私には、これがなかなか大変。といっても、口をつけるふりをして飲まないのだけれど。

 今はお酒をすすめる相手に堂々と、「私はこれなんです!」とウーロン茶の瓶を差し出してしまい、それを注いでもらえるようになったけれど、若い頃は宴会だの飲み会だの、酒席がある度に気を遣っていたものだ。

 成人してからお酒の工場に見学に行く機会があったのだが、強烈なウイスキーの香りに包まれただけで、気分が悪くなる始末。一緒に行った友人が「おいしい〜」と試飲を楽しんでいるのを羨ましく眺めていた。

 お酒とおいしいものを楽しむことは人生を楽しむこと。そんな小説を読むと、下戸であることに劣等感を覚えずにはいられなかったし、飲める人はそれだけでも人生を謳歌する術をひとつ多く知っているような、そんな気持ちがしてならなかった。

「人生の醍醐味の半分も知らんねんなあ」。誘われて行った飲み会で、下戸であることをそんなふうに言われたことがある。その言葉が印象的だったからかもしれない。

 「練習しなあかんわ。ちょっとでいいから飲んでみ」と言われたこともある。「勘弁してくださいー」とその場は逃げたけれど、「寝酒におちょこ1杯くらい、ちょっとやってみるねん。案外強くなっていくよ」と言われて、本当にやってみたら動悸がして眠れなくなった(笑)。お正月に、皆で集まるときくらいは・・・とウメッシュをサイダーで割って飲んだら、「かおりん、それはジュース」と義妹に指摘された(笑)。それでも十分真っ赤になってたんだよ〜。

 夫もまた、アルコールが苦手な人だ。もっとも私ほどひどくはなく、喉が渇いたときのビールの1杯はおいしいという人だが、それ以上は顔が真っ赤になって受けつけないというレベル。グラス1杯で、「何本飲んだの?」という顔色になるものだから、経済的だ。私たちが乾杯するのは、たいていジュースかコーヒーと紅茶で・・というものだ(笑)。

 そのうち下戸待望のノンアルコール飲料が出回りだしたが、多くの居酒屋では置いていなかった。お酒は嫌いだが居酒屋は好きだという人は意外に多い。お酒はだめでも、お酒のつまみになるようなものは大好きという下戸は少なくないからだ。私もそのひとり。ウーロン茶をジョッキで出してくれる店があると嬉しい。全国の居酒屋さん、下戸も楽しめるように、「よいこのびいる」くらいは店に置いてくださいっ(笑)!

 「全日本下戸生活連絡会」著「造事務所」編の「下戸でも自信が持てる本」という本がある(廣済堂刊)。下戸にアンケートをとっているのだが、私も参加した(笑)。

 下戸であることに劣等感を感じると回答したのは全体の43%だ。お酒が飲めないことで言われた一番腹が立ったことは何か?という質問には「オレの酒が飲めないのか」「練習すれば強くなる」「男のくせに酒も飲めないのか」の3つが全体の半分を占めたそうだ。「社会人失格」「本当は飲めるんじゃないの」「仕事の後の楽しみもないんやな」などなど。下戸って苦労してるのねー(涙)。

 しかし、下戸で良かったという瞬間も結構あるものだ。「自動車の運転」というのが圧倒的に多かった回答だそうだ。今は代行運転などという商売まで出てきたもんなあ。「肝臓が悪くならない」「アル中になる心配がない」「酒代がかからない」「酒税が増税されても痛くもかゆくもない」など。笑えるなあ(笑)。我が家も、「みりん」と「料理酒」以外にアルコールの類は置いていない。夫の飲み代に頭を痛めることも、「そんなに飲みすぎて大丈夫?」と心配することもないし、自分の肝臓を心配することもない。ありがたいことだ。

 私はいま、酒席に出ることも殆どないという職場にいるので、飲めないことに劣等感を抱かずにすむ環境下にあり、ましてやお酒を無理強いされることもない。サラリーマンともなれば、そうはいかないのが現実だろう。

 下戸にとって最大の苦痛は酒席での酒の強要だ。いまだにイッキ飲みをさせる愚かな風潮(これを無理強いされたあげく命を落とした人もいるのだ。これは暴力だし、殺人行為だ。止めないのも共犯だと思う)も根強いし、お酒を飲めることと、お酒を楽しむ成熟度というのは必ずしも比例しないんだなあと思う。「いったんすすめて、断られたらすぐに引き下がるのがベター」「すすめる前にお酒は飲むの?と聞いてほしい」と回答した人がいたが、下戸だというのにそれでも無理強いする習慣。これは本当になくなってほしいものだ。

 楽しいお酒、明るいお酒、良いお酒のたしなみ方ができる人は魅力的だ。そんな人は素敵だと思うし、やっぱり羨ましいな。そんな素敵なお酒飲みに憧れて、「よいこのびいる」を買い求めてしまうのかも。

(2006年3月)