スタッフエッセイ 2006年3月

巣立ちの予感・・・

村本邦子

 今年は娘の高校受験だった。無理せずとも、とずっとのんびり構えていたが、11月末に説明会に行った学校がとても気に入って(生徒たちがそれぞれ生き生きしてて、オーラが出ていると)、娘が、いきなり頑張りだした。年末の懇談では、「偏差値10点足りないから無理」と言われたが、とにかく挑戦すると頑張り、見事、合格。我が子ながら、なかなかの根性だ。途中、たまたまテレビに出ていた「挑戦してダメなら納得するが、挑戦せずに諦めたら後悔だけが残る」という言葉に、「ほんまにそうや」と、自分に言い聞かせるように頷いていたことが印象に残っている。本当のところ、とっても不安だったのだろう。

 合格発表の日、娘はワンワン泣きながら、出張先に電話をかけてきた。そして、「今日は、うちの人生で一番いい日」と。自分で決めて、自分で努力して、自分で手に入れた喜び。「ああ、大人への第一歩だ」、親として、頼もしく誇らしく思う一方、自分の心のなかに一抹の寂しさがあることに気づく。これまで、親として、いろんなことをしてやってきたつもりだし、一緒にたくさんの素晴らしい時間を共にしてきたつもりもある。それでも、「人生で一番いい日」は、やっぱり自分の力で獲得したものなのだ。こうやって、子どもたちは、だんだん、親を必要としなくなっていく。

 子どもは未来に眼を向けて生きていくべきだという私のポリシーから言えば、これは喜ばしいことなのだ。先日も、ミュージカルに娘を誘ったら、「うち、忙しい。お父さんと行ったら?」と断られてしまった。「それもそうだな」と思って、夫を誘うことにしたが、私も、そろそろ子離れの準備をしていかなければ。思えば、娘はダイビングのバディだったので、絆は深い(バディは互いの命を預け合うので、必然的に絆が強くなる)。ピアノの連弾も、息子とともに、十年以上、一緒にやってきた。私に頼っていた小さかった子どもたち。年月とともに成長して、だんだん、関係が逆転しつつある。親子というより、良い仲間になりつつあるかも。

 息子とも一緒に暮らすのは、あと1年だ(うちは、高校卒業したら、3匹の子ブタのように、家を出すことにしている)。「ちょっとは料理も覚えな」と台所に立つようにもなった(小さい頃はよく料理もしてくれたが、思春期になって、めっきり台所に立たなくなっていた)。娘も来年は短期留学で家を空ける。その間は夫婦2人きりだ。あと、子どもにしてやれることは、とにかく経済的なバックアップと、本当にいざと言う時の精神的応援だけだろう。最後に、もうひとつ嬉しい娘の言葉。「うち、ほんま、たくさんの人たちに支えられて頑張れたわ〜」「ほんまやな。みんなに感謝して、ちゃんと生きな」「うん!」。人生に感謝しながら、しっかりと自分の人生を歩んで行って欲しい。そして、親は、子どもに心配をかけないように。

(2006年3月)