スタッフエッセイ 2006年1月

楽しい時間のもたらす力

くぼた ようこ

 私の住む地域ではそれほどではないが、地域や家庭によっては、子どもが毎日のように習い事をしたり、中には一日に2つも習い事をかけもちしているという話も聞く。ピアノ、スイミング、習字、お絵かき、英会話などなど。就学前から、受験に向けて塾に通う子たちもいる。幼いほど身に付きやすいとか、小学校から私学に入っておけば、その後受験で苦労しなくて良いとか。それも、もちろん親心なのだと思う。その上、その努力の成果は目に見えて捉えやすい。何かが上達するとか、目標が達成されるとか。

 多少つらくとも努力すること、頑張ることは大切なことだ。ただ楽な方だけに流れ、努力をしなければ、充実感や達成感という素晴らしい体験ができない。しかし、それと同じくらいに、いやそれ以上に子どもにとって大切だと思うのは、ただ楽しいだけの時間を過ごすことだと思う。「あぁ、楽しかった!」「おもしろかったなぁ」「いっぱい笑ったなー」という時間をたくさん積み重ねること。ただ楽しいだけの時間は、一時の喜び以外は何ももたらさないかのように見えるかもしれないが、これが生きていく上で、大きな力になるように思う。

 つらくてもがんばっていた時間は、私にとっては、「よくやったよなぁ」という自分への誇りや、「あれが、出来たんだから、きっとこれもやれば出来るよ」という自信を支えてくれる。しかし、落ち込んだり、人生の道に迷ったり、穴に入り込んだり、孤独を感じて泣きたくなったり・・・そんなときに私を支えてくれるのは、「あぁ、楽しかったなぁ」という時間だ。ただ穏やかにのんびり過ごしていた頃、思春期に友達といっぱしに人生について語り合っていた頃、箸が転んでもおかしかった時代、そしてそんな私を受け入れてくれていた人たち。もちろん、その頃だってつらかったことや、悩んでいたこともあったのだが、甦ってくるのは、ふわっと楽しい気持ちだ。この気持ちが甦るとき、波立っていた心が穏やかになっていき、どこかで、私は大丈夫なんだと思う。

 子どもたちが大人へと成長する中で、いろいろな辛い思いを経験するだろうし、大きな壁にぶつかり、うずくまってしまうこともあるだろう。そんなとき、そこからまた立ち上がり歩み出すためには、心の力が必要だ。しなやかな心の力とも言えるだろうか。楽しい時間の記憶をたくさん持っていることが、このしなやかな心の力の素になるのではないだろうか。しなやかな強さを持ち合わせた人が少なくなっていくように思う。みんなが忙しく、効率が優先される社会であることも影響しているのだろうか。子どもたちが、ただ楽しい時間をたくさん過ごすことは、何かが出来るということと同じぐらい、大切なことだと思う。

 年末年始に、私のきょうだい、甥姪たちが親元に集まって数日を過ごした。連休には、夫の親族たちと山小屋に集まった。子どもたちは、スキーに行ったり、7人相撲をしたり、すごいデコレーションのケーキを作ったり。親も入り交じって10数人で、凧揚げ、サッカー、キックベース、探偵、大富豪などをして騒いだ。にぎやかで、楽しくて、笑顔がたくさんあふれている時間。こんな時間が、子どもの心の力になっていくのだと思う。私も、久しぶりに体をいっぱい動かして、そしてたくさん笑った。こうやって過ごした時間が、またこの先の私を支えてくれるのだろう。しなやかな心の力は、子ども時代にしか得られないわけではない。大人になってからでも得られるのだと思う。

 今年も、皆様に、たくさんの幸せが訪れますように・・・☆

(2006年1月)