スタッフエッセイ 2005年11月

贅沢時間ノススメ

渡邉佳代

 近頃、私が心掛けていること。それは一日に一時間、贅沢時間を持つことである。季節の野菜を使い、時間をかけて丁寧に夕食を作り、じっくり味わって食べる。お風呂を溜め、お気に入りのバスソルトを入れて、ゆっくり湯船に浸かる。その時の気分にあった小説を読む。寝る前にアロマキャンドルを焚き、心をしばし空っぽにする・・・などなど、何でもいい。一日にちょっとした心と体に優しい時間を取り入れることにしている。それは、時間に余裕のある時はもちろんのこと、首が回らなくなるくらい忙しい時も、敢えて、そうした時間を設けるようにしている。だからこそ、私にとって贅沢時間なのである。

 きっと私は時間の使い方が、あまり上手ではないのだと思う。忙しくなると、それにかかりっきりになってしまい、明けても暮れても、「やらなければならないことリスト」が頭の中を巡る。食べている時も、移動している時も、シャワーを浴びている時も、寝る寸前まで何かをしていることが多かったし、下手をすると一日二十四時間の中、寝ている時間しか自分の時間ではないことが少なくなかった。時間の使い方というよりも、自分とのつきあい方と言ったほうがいいかもしれない。

 これまでそうした時間の過ごし方をしてきて、心も体も丈夫できて、何ら不都合もなかったことは、ものすごく幸運なことだったと思う。私の周りには、FLCスタッフを初め、とても忙しくしている人が多いが、ちょっとしたことでも上手に自分の時間を取り入れている人たちが多い。周囲から今まで見聞きしてきて、いいなぁ、いつかは私もやるぞ!とは思っていたものの、いざ自分の生活に取り入れるには、かなりの勇気がいった。

 贅沢時間を持つきっかけになったのは、図らずも、家のパソコンが潰れてしまい、三週間ほど修理に出したことからである。非常事態の大ピンチである。私の場合、家にパソコンがないと仕事にならないので、時間の合間に大学まで走り、パソコンルームの閉館時間までに仕事を終えなければならない。初めのうちは、決まった時間に何が何でもやっていることを中断しなければならないのが苦痛でしょうがなかった。しかし、しばらくするうちに、際限なくパソコンに向かっていた時間を区切って、自分の時間に充てることを心地よく感じられるようになってきたのである。

 無事、我が家にパソコンが戻ってきた今も、気づくといつまでもパコパコやっているので、後ろ髪を引かれながらも、「明日できることは明日に!ハイ、今日は終わり!!」と言い聞かせてパソコンを閉じ、時には近くに住む友人と食事を楽しんだり、遅い時間であれば、一緒に銭湯に行ったり、夜の散歩を楽しむ。この秋の私の大構造改革、ピンチは大きなチャンス到来でもある。

 今日は自宅での仕事だったのだが、思い立って嵐電に乗り、嵯峨野まで足を伸ばした。友人が嵯峨野駅前で手作りのトンボ玉や粘土でアクセサリーを作っているので、久しぶりにお店を覗き、近況を報告し合う。
かわいいピアスを手に入れてホクホクしながら、嵯峨野駅から野宮神社、落柿舎、常寂光寺の前(中・・ではない)を散策する。日も沈みかけているので、観光客も少なく、静かな嵯峨野を楽しむ。これまた格別な贅沢時間である。

最後に亀山公園の頂上展望台に登り、眼下のエメラルドグリーンの保津川と、ちょっとずつ秋色に色づき始めた山々のコントラストを楽しむ。夕暮れの徐々に青に染まっていく景色と、ピンクに縁取られて、たなびく雲と大きな満月。新鮮な空気と優しい風景が、五臓六腑と心に染み入る。心は温まったが、夕暮れの冷気に身はすっかり冷え切ってしまったので、帰りに嵐山駅の足湯に浸かり、何度も「贅沢だにゃ〜」と心で呟きながら帰途につく。贅沢時間のさらに贅沢な三時間バージョン、嵯峨野コースを満喫した。

 今は自分で「エイヤ!」と気合を入れて贅沢時間を設けることが多いが、そのうち、日常生活のごく当たり前の一部として、自然に取り入れられるようになるといいな。その前に、いつまで続くことか・・・と既に案じているが、贅沢時間ノススメ者として、この秋の素敵な思いつきを書き記しておくとしよう。

(2005年11月)