スタッフエッセイ 2005年11月

鳩の夫婦

くぼたようこ

 この夏、ご近所のあちこちで、鳩が卵を産んだという話を耳にした。卵を捨てたという人がほとんどだったが、ひなが巣立つまで見守ったという人もいた。巣を作られたら大変だなと、時々ベランダをチェックしていた。夏も終わりかけたある日、植木鉢の上に乗っている挙動不審な鳩を見つけ追い払うと、なんと卵が二つ!しかも巣も作らずに。なんて怠慢な!いや、どこかで巣を追い払われて、もう産み落としそうで巣を作る暇もなかったのだろうか・・・?しかし、この卵いったいどうしよう・・・。階下にフンが落ちたりして迷惑をかけるよね。そうでなくても、子どもたちのドタバタで、階下の人には日々迷惑をかけている。捨てるしかないか。でもなぁ。友達と会ったので、相談してみた。「鳩のフンのバイ菌は、人間に良くないらしいよ。鳩の卵より、子どもの健康の方が大事じゃない?」と言われて、そりゃそうだと捨てることにした。

 だけど、どこかで踏ん切りがつかなかったためだと思うが、つかんで捨てられずに、植木鉢にプラスチックのフタをした。ふとベランダをのぞくと、また植木鉢にどかっと座っている鳩と目が合う。プラスチックのフタは、蹴散らかされて転がっていた。「ダメダメ、悪いけどダメなの」と今度は、重さのある陶器のフタをした。ふとまたベランダをのぞくと、また植木鉢にどかっと座っている鳩と目が合う。フタと土との隙間に首を突っ込んで、卵を救出したようだ。「あんたも、一生懸命、命を守ってるんだよね。いいわ、温めさせてあげる。そのかわりしっかりと育ててね」とひとりつぶやいて、階下の人にはごめんなさいして、子どもたちには絶対に触ったらあかんよと言い聞かせて見守ることにした。ベランダをのぞくたびに、小首をかしげてこちらを見上げる鳩と目が合う。ベランダに出て物を取るなど、よほどのことがない限りは、逃げ出さない。卵を温めないといけないもんね。親は危険覚悟で懸命だよね。

 じきに卵かかえり、ひなが生まれた。黄色い産毛で覆われていた。ほんの数日もするとその産毛が灰色に変わった。子どもたちも喜んで見守っていた。そんなある朝、いつものように巣をのぞくと、物抜けの空になっていた。ぽつんと血が落ちていた。ショック!大きな鳥にでもやられたのだろうか。向かいの家の屋根に、鳩が2羽。親鳥だろうか。寂しげに見えた。その後もしばらく、習慣のようにベランダをのぞいて、あ、いないんだったというのを繰り返していた。最初は卵を捨てようとしたくせに、私の気持ちの中にすっかり愛着心が湧いていたらしい。

 しばらくして、夫があの鳩かわいかったよな・・・と言う。オスとメスがいたのが分かる?ときく。外を向いて温めている鳩と、内を向いて温めている鳩がいて、夫は勝手に外を向いているのがオス、内を向いているのがメスと決めていたらしい。「オスが外から帰ってくると、メスがいつもつっつくんだよね。遅い!って」。おかしかった。上の子が生まれてまだ私が子育てに慣れない頃、帰りの遅い夫に、しょっちゅう遅い!とつっついていたな。そんなことを、すっかり過去形で、ずっと前のことにように思い出している自分自身に不思議な感じがした。夫もまた、鳩の夫婦に自分たちの姿を投影していたんだなと思う。
あの鳩の夫婦、今頃どうしているかなぁ・・・

(2005年11月)