スタッフエッセイ 2005年9月

おはぎ

安田裕子

 我が家では、お彼岸の頃におはぎをつくる。母方の祖母が習慣としていたものを母が引き継ぎ、いつのまにか習慣となっている。2日前ぐらいから餡をつくり、当日は、合わせて1升2合の糯米(もちごめ)と粳米(うるちまい)を炊く。昔は年2回つくっていたのだが、お裾分けする人がだんだんと多くなり、今は少なくとも春分の日の頃と秋分の日の頃に2回ずつ、年に4回はつくっている。イレギュラーにすることもあるので、年に5,6回に至ることもある。1回あたり60個以上つくるが、ほとんどは知人やご近所など色んな所へお裾分けされていくため、家に残るおはぎは1割あるかないかという程度である。もともと人に食べていただくためにつくっているようなものなので、それはそれでいいのだけども。60個ほどのおはぎがいくつかに小分けされて、数時間のうちに色んな所へと引き取られていく?様子は、爽快ですらある。
 さて、「おはぎ」は漢字で書くと「お萩」である。改めて、広辞苑で調べてみた。
 【おはぎ:萩の餅の別称。糯米と粳米(炊いた時に糯米のような粘りけをもたない普通の米)とをまぜて炊き、すりつぶして小さく丸め、餡(あん)、黄粉(きなこ)、胡麻(ごま)などをつけた餅。煮た小豆を粒のまま散らしかけたのが、萩の花の咲き乱れるさまに似てるのでいう。また牡丹に似るから牡丹(ぼた)餅ともいう。はぎのはな。北窓(きたまど)。隣知らず。萩の強飯(こわいい)】
 「我が家ではのりのおはぎもつくるな」「中に餡をいれるぞ」などと思いながら目を通す。そういえば、「おばあちゃんは、糯米と粳米を炊いて丸めたものに黄粉をまぶしているだけだったんだけどね、お母さんは中にも餡を入れるようにしたのよ」と、昔母が言っていた。今は、どこのお店でも中に餡を入れておはぎをつくるのかもしれないが、母が自慢げに嬉しそうに話していたことが記憶に鮮明に残っている。「今日は餡がちょっとかたいんじゃない?」「今回の餡の炊き具合はバッチリやね〜」。そんなたわいもないことをいいながら、毎回、朝の時間帯に、母と私とでせっせとおはぎづくり。私は依然として、黄粉やのりなどをまぶす役割に徹しているが、小学生の頃からのちょっとした行事である。
 それにしても、私の「おはぎ」イメージは漢字で書いた途端にガラッと変化する。萩の花や牡丹の花に似ているから「お萩」であり「牡丹餅(ぼたもち)」であるという。そもそも私のおはぎイメージは、ドッテリとした田舎っぽいものだったので、なんだか不思議。「北窓」という別称の由来についても、「つき(月)入らず」を「つき(搗き)入らず」(「搗き」は、「うすに入れてきねで打つ」の意)にかけたものだということである。ふぅん、結構オシャレなんだなぁ。
 ところで、黄粉やのりや胡麻をまぶす役回りの私の手には、おはぎづくりの後、黄粉やらのりのにおいがしっかり染みついてしまう。手をよく洗ってもしばらくにおいは取れず、黄粉やのりのにおいでプンプンする。自分で気になるだけかなとも思ったりしていたが、時に指摘されることもあったり。やっぱりにおいがするのね…。黄粉とのりをまぜた香水???名前の由来のようなオシャレで可憐な感じとはほど遠いが、まぁいいか。この秋分の日も、我が家は朝から恒例のおはぎづくりである。

(2005年9月)