スタッフエッセイ 2005年8月

この夏、スター・ウォーズVを見て

前村よう子

 私が生まれて初めて洋画を映画館で見たのは、叔母に連れて行ってもらった「チキチキ・バンバン」だった。5歳くらい頃のことなので内容はほとんど覚えていないが、あの音楽だけはしっかり覚えていて、祖父母宅に泊まりに行った時など、湯船の中で唄っていたらしい。それ以降は、ほとんど邦画、しかも「○○マンガ祭り」のようなアニメ系か、ゴジラものばかりだった。そんな私が、中学生になって、洋画に再会することとなった。そのきっかけとなった映画、それが「スター・ウォーズ」だ。当時は、その規模の大きさ、撮影技術に圧倒され、またバックで流れていた音楽に夢中になった。レコードのLP盤を購入して、毎日のように聴いていたのを覚えている。
 さて、ご承知のように「スター・ウォーズ」の原作は第9話まであり、映画化されたのはそのうちの第1〜6話までである。私が中学生の頃に劇場で見たのが第4話。その後、高校時代に第5話、そして大学時代に第6話を見てきた。座席指定でもなく、入れ替え制でもなかった当時、パンとコーヒー牛乳持参で朝から夕方までのべ3回くらいは当然のように見続けていた。思い出深い映画シリーズが、ついにこの夏完結したのだ。
 25年以上にわたって待ちこがれていた完結編、私にとっては満足のいくものであった。何より、このシリーズに対する私自身のスタンスがこの年月で変化したことを感じて、いろいろなことを考えさせられた。まず、恋に恋する乙女ではないので、恋愛感情というものをより客観的に見ることができるし、物語全体の流れを分った上で、その時に起こっている事象を見つめていくゆとりもある。政治という面から、支配と被支配という面から、登場人物の関係性の面から、神話的側面から等々、いろんな鑑賞の仕方を楽しめた。DVD化の暁には、1セット購入予定である。
 この「スター・ウォーズ」シリーズも、年月を経ることで映画自体の描き方も変化してきている。かつては、善と悪の対決でしかなかったものが、その間の人間の弱さとも言えるグレーの部分を丁寧に扱うようになっている。また、より民主的なものが、容易に専制的な在り方へと(人々に気付かせぬうちに)進んでしまっている様子など、現在、私たちが置かれている状況とクロスして見える。つい先日、新聞紙上で自民党による「日本国憲法改正案」を見た。憲法改正は、国会による議決だけではなく、私たちによる国民投票が必要になる。自分自身の頭で考え、心で考え、選んだことについて責任が取れるようにせねばと、映画を見たこの夏、より強く感じるこの頃である。 

(2005年8月)